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2-1 来客 [スパイラル第2部遺言]

2-1 来客
一ヶ月ほど、穏やかで幸せな日々が過ぎた。
もう年の瀬が近づいていた。配送の仕事も随分と増えてきた。ミホが事務仕事をやるようになって、手が空いた奥さんも配送の仕事に出るようになっていた。
昼間は事務所にミホ一人になる事が増えていた。

事務所の外で車が停まる音がした。
「失礼します。」
事務所のドアを開けて、一人の男がが訪ねてきた。
洒落たスーツに身を包み、髪型も短く切りそろえられていて、黒いアタッシュケースを持っている。
襟元に金色のバッジが付いている。

ミホ一人だった。
男は、しばらく事務所の中をぐるりと見渡して、何か様子を伺っている。
ミホは何か変な感情が湧いていた。怖れのような、威圧感のような、その男の顔をまともに見れない嫌な感覚だった。

ミホは、男と視線を合わさないようにして立ち上がり、小さな声で訊いた。
「何か御用でしょうか?」
その男は暫くミホの様子を伺っていたが、おもむろにスーツのポケットから金色の名刺入れを取り出して、1枚名刺を差し出した。
「私は、こういう者です。・・確か、こちらに、小林純一さんが働いておられると思いますが・・いらっしゃいますか?」
ミホは、名刺を見た。名刺には、上総CS 顧問弁護士という肩書きがあった。
「今、配送に出ております。夕方までは戻りません。」
「そうですか・・・。」
男は、腕時計をチラリと見た。まだ夕刻までには時間がある。
ミホは、弁護士という肩書きを見て、もしかして自分の身元に関することなのではないかと考えた。
「あの・・どういったご用件でしょうか?」
その男は少し考えてから答える。
「・・いえ・・要件はお話できません。・・・また、夕刻に伺います。」
そう言うと、男は足早に事務所を出て行った。
ミホは気になって、すぐに男の後を追って事務所を出た。事務所の前には黒い大きな車が停まっていて、男は後部座席のドアを開けて、するりと滑り込んだ。そして、車は静かに走り去っていった。
「あの車・・確か・・・。」

ミホは、純一が戻るまでいろいろな事を考えた。
間違いなく、あの車は、以前にアパートの前に停まっていたものだ。スーパーマーケットでも待ち伏せしている様だった。それに、別荘で襲われそうになった時も同じような車だった。
きっと、あの弁護士は、自分と関係のあるものに違いない。要件を言わなかったのは、私が髪を切って様子が変わったからに違いない。
ここへ来て何を話そうというのか、自分を連れ戻しに来たに違いない。もう純一との幸せな暮らしが終わるという事なのか。
いろいろと頭に巡り、悶々とした気持ちのまま、仕事が手に着かなかった。

夕刻になり、純一は配送を終えて事務所に戻ってきた。
ミホはすぐに純一に来客があった事を知らせた。純一は名刺を受け取りしばらく見ていた。
「もしかして・・。」
「ああ・・おそらく・・・・。」
ミホの言葉に純一が反応した。
そこへ黒い車が入ってきた。ドアを開けて、件の弁護士と名乗る男が入ってくる。
「先ほど伺った、如月と申します。・・・小林さんは戻られましたか?」
「ああ、私ですが・・。」
純一が名乗り出ると、如月は暫く純一を再確認するようにじっと見た。
「どういったご用件ですか?」
純一は、ミホの件で来たのに違いないと考え、少し強い口調で訊いた。
「小林さんにお願いがありまして・・・我が社に関わる重大なことなのです。」
如月は、低い声で答えると、周囲の様子を伺う素振りを見せた。
「会社に関わる事?・・・あの・・ミホ・・いや・・そこにいる彼女の事では?」
純一の問い返しに、如月は何を問われているのか判らない顔をした。
「いや・・いいんです。」
純一は、先ほどの問いを打ち消すように言った。
「何だか、込み入った話のようですね。どうぞ、そこの会議室を使ってください。」
その様子を見ていた、奥さんが事務所の隣にある会議室を案内した。

会議室には、如月と純一、そして、社長と奥さん、ミホが続いて入った。

「申し訳ありませんが・・これは、小林さん個人のお話なので・・。」
と如月が、社長や奥さん、そしてミホの同席を拒もうとした。三人は顔を見合わせた。
「いえ・・社長も奥さんも親同然ですし・・ミホも妹のようなものですから、同席させていただきます。」
純一が言うと、しばらく、如月は考えた後で答えた。
「良いでしょう。・・・しかし、口外しない事をお約束下さい。」
了解を得て、社長と奥さん、ミホは、純一の後ろに椅子を置いて座った。
「お忙しいのに申し訳ありません。・・実は、私は、上総CSの顧問弁護士をしております。顧問弁護士ですが・・役員もしておりまして。今回伺ったのは、我が社の社長の遺言状に基づくものなのです。」


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