SSブログ

2-3 上総会長 [スパイラル第2部遺言]

2-3 上総会長
社長がふと如月が机の上に広げた、上総CSのパンフレットを手に取った。そして、暫くじっと見入ってから口を開いた。
「弁護士さん・・・このパンフレットにある上総敬一郎ってのが・・会長さんかい?」
「何、こんなときに。」
奥さんが社長の顔を見て、咎めるような視線を送った。
「ほら、お前、これを見ろよ。」
社長は奥さんに開いたパンフレットの1箇所を指さした。そこには、「故 上総敬一郎 会長」の名が写真入りで掲載されていた。奥さんはそれを見て「あら・・敬一郎さん?」とだけ言った。
「ええ、上総敬一郎氏は会長でした。上総CSの前身である、上総総業を起こした方です。・・社長の父です。それが何か?」
社長はそれを聞いて頷いた。
「そうか・・・そういうことか・・・・純一、お前は弁護士さんの言うとおり、上総CSへ行くべきだ。いや・・いかなきゃならん。」
社長の言葉に、奥さんも続けた。
「ええ。純一さん、これはきっと運命なのよ。」
奥さんはうっすらと涙を浮かべている。

純一も如月も要領を得ない表情を浮かべている。
その様子を見て、社長が少し頭を整理するようにして話し始めた。
「純一、お前がここへ来たのは、この敬一郎さんの紹介なんだよ。」
そう切り出してから敬一郎と純一との関係を説明し始めた。

純一は幼くして母を亡くし、児童養護施設に入れられた。中学を卒業すると、皆、就職しなければならなかった。不景気で、中学卒業ではなかなか働き口など無かった。その時、その口を聞いてくれたのが、上総敬一郎だったのだ。
上総敬一郎はこの臨海地区で「上総総業」という商社を起こし、時代に乗って会社は大きくなったが、妻が病気がちで子宝に恵まれなかった。そこで上総敬一郎は、児童養護施設から養子を迎えることにして、何度か足を運んでは、養子を迎える事が出来た。
その縁で、以降、その養護施設を旅立つ子どもの就職先を世話していたのだ。
その中の一人が、純一であった。

奥さんが言う。
「それだけじゃないのよ。・・・純一さんの高校と大学の学費も、敬一郎さんが出してくださったのよ。」
「いや、それだけじゃない。・・この会社も一時傾き掛けた時があった。そんな時、上総総業から何度か仕事も回してもらったんだよ。随分、世話になったんだ。」
社長も思い出すように言った。
「しかし・・どうしてそこまで?」
純一が不思議に思った。同じような境遇に居たのは自分だけじゃない。
「それは判らないわ。だが、敬一郎さんは、何かあなたに思い入れはあったみたい。ここへ顔を出されるたびに、あなたの様子を気にしておられたから・・・。」
奥さんが答えた。
「では、我が社へお越しいただけますね?」
間髪居れず、如月が純一に迫った。純一はまだ躊躇っている。
「いや・・・恩返ししなくちゃとは思いますが・・・。」
その様子に、如月が切り出した。
「ミホさんの事ですね?」
純一は驚いた。
「ミホさんの抱えておられる事情は承知しています。・・探偵から報告を受けました。私も、病院に行き確かめてきました。・・一緒においでいただいて構いません。」
「しかし・・・。」
純一は、ミホの身元が判らない事が問題なのではなく、自分さえも不安な場所にミホを連れて行くことを躊躇っていたのだった。
「では、こういう条件では如何ですか?・・ミホさんは今現在、身元が判明していません。もちろん、戸籍も住民票もありませんよね。・・それを私が用意しましょう。」
「そんな・・無茶な事を。」
純一が反応した。如月が続ける。
「私は会社の顧問弁護士です。単に法を守る番人ではありません。企業の利益の為に、如何に法の抜け道を探すかも求められるのです。戸籍を手に入れる事等、容易い事です。如何ですか?」
「・・そんな違法な事で・・戸籍を作るなんて・・・。」
純一が言うと、
「では、このまま、ミホさんに戸籍が無いままです。もちろん、ある程度時間が経てば、仮戸籍の申請も出来るでしょう。しかし、あくまで仮戸籍です。様々な制約もある。・・大丈夫です。違法なものじゃ在りません。堂々と生きていけるものです。私にお任せ下さい。」
「一体どうやって?」
ミホが訊いた。
「いや・・方法は知らないほうが良いでしょう。・・それより、新しい人生を送れるチャンスなのです。小林さんにとっても、ミホさんと夫婦になれるわけです。如何でしょう?」
純一もミホも、如月の発した「夫婦」という言葉に、鼓動が高まり、顔を見合わせた。
それは、二人の願いでもあったが叶わぬ事だと諦めていた事でもあったからだ。
交わす視線で、純一とミホは覚悟を決めた。
「判りました。・・・行きましょう。」
ミホもこくりと頷いた。
「では・・1週間後にお迎えに参ります。・・社長の邸宅を使っていただければ結構ですから、荷物も対して必要ないでしょう。・・その間に、戸籍を手配しましょう。・・ああ、そうだ。ミホさんの件は、秘密にしておきましょう。他の役員に変に勘ぐられると厄介ですから。」
如月はそう言うと用件は済んだとばかり、さっさと引き上げていった。

nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0