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2-4 上総CS [スパイラル第2部遺言]

2-4 上総CS
純一は、1週間の間に、仕事の引継ぎとか、卸団地の会社へも挨拶して、事情を説明して回った。
「また、すぐに戻ってきますから。」
そういう挨拶をどれほどしただろうか。しかし、この先、どうなるのか見当もつかなかった。
荷造りなどほとんどしなかった。
「社長、必ず戻ってきますから、アパートはそのままにしてもらっていいですか?」
「ああ、構わんよ。お前は息子同様だ。息子が実家に戻ってくるのに遠慮などしないだろ。あの部屋はそのまま残しておくさ。」

1週間後、約束どおり如月はやって来た。
「では、参りましょうか?」
純一もミホもボストンバッグを一つずつ持っている。中身は、着替えや身の回り物の必要な物だけだった。社長と奥さんに挨拶すると、如月の黒い車に乗り込む。
静かに車は走り出した。会社を出ると、高速道路のインターチェンジ方向には向かわず、港へ向かった。
「一体、どこへ?」
純一が訊くと、助手席に座っていた如月は、振り向いて言った。
「マリーナへ行きます。社長の邸宅は、沖の島にあるのです。周囲4キロほどの小島ですが、すべてのものが揃っています。マリーナからクルーザーで向かいます。」

マリーナに着くと、一際大きな白いクルーザーが停泊していた。
「さあ、どうぞ。」
如月が二人を船に案内した。車の運転手が先に船に向かって桟橋の準備をした。
「社長が使われていたものです。いずれは、この船も小林さんの物になります。」
二人は案内されるままに船に乗り込んだ。船室1階のラウンジは豪華なソファーが置かれていた。窓の外に海原が見える他は、豪邸のリビングルームにいるような感覚だった。
冬の海は少し波立っていたが、さすがにこれほどのクルーザーは安定して海原を走っていく。
操縦席には先ほどの運転手が座っているようだった。
船が走り出すと、純一とミホは暫くぼんやりと外を眺めていた。
「まるで、何か、人質にでもなったようね・・。」
ミホは自分たちが置かれている状況をこんなふうに揶揄した。
「本当だな。・・・逃げたくても逃げられない。・・この先どうなるのか、どんなところに連れて行かれるのやら・・・。なんだか、ミホを厄介な事に巻き込んでしまって・・・。」
「そんな・・・元々、私だって、純一さんには厄介なことだったでしょ?でも、どうなるのかしら?」
「まあ、命を取られるような事はないだろうから・・・。」
二人は豪華なソファーに身を委ね、船の揺れに次第にウトウトとし始めていた。

1時間ほど経った頃だったろうか、如月がラウンジに入ってきた。
「お寛ぎのところ申し訳ありません。島へ着いたらすぐに、重役連中にあっていただくことになりますから、少し打ち合わせをさせていただきたいのですが・・。」
二人ははっと目覚めた。

如月は、役員名簿を広げて、会社のおおよその様子を説明した。
上総CSの総資産は1000億円を超えていた。主要な事業は、コンピューティング部門とマリン事業部門だった。
「コンピューティング部門は、社長自らが手がけて育てられたもので、我社の利益はほとんどこの部門でした。マリン事業部は、赤字部門です。先代の社長・・会長が趣味的に起こされた事業でした。もともとは、海外との取引仲介の商社部門でしたが、今はありません。」
「コンピューティング部門とは?」
純一は少し興味を持って訊いた。
「ええ・・・ハード部門は大したことはありませんでした。大手企業には勝てません。むしろ、独自のシステム開発とか、特殊な技術開発による特許取得が大きい収益を上げていました。開発はほとんど社長自らやっておられました。・・島は、その研究所として作られたものなのです。セキュリティも万全ですからね。会社自体は、名古屋にあります。社長はほとんど島におられて、ネットで名古屋と繋がっていました。」
「研究所?」
「ええ、邸宅と研究所、それに、役員が集まるための宿泊施設・・まあ、小さなコテージのようなものが何軒かあります。」
如月はそう言いながら、島の写真を何枚か広げた。
島の中央あたりに、森を切り拓いたような場所があり、中央に家が1軒、そして、それを取り囲むように広い芝生が広がり、周囲に4軒ほどのログハウス風のコテージがあった。
島の周囲は高い崖に囲まれているようだった。船着場は北側に設えられていたが、小型の船が付ける程度のものだった。
「電力とかは?」
「自家発電装置があります。太陽光や風力、潮力発電が主要なものです。水は地下水。食料などは、このクルーザーで運んだり、ヘリでの輸送もしていました。」
「随分、お金の掛かる仕掛けですね。」
純一は、想像もつかない贅沢な暮らしを想像して呆れるような表情で言った。
「いえ・・・それだけ、社長の研究技術は先進的であり革新的だったのです。ほとんどの業界他社が注目していましたし、盗んででも手に入れようと画策する輩も多かったのです。セキュリティのためのコストであり、研究に専念できる環境のためですから、必要なコストだと考えていました。」
「では、社長が亡くなったのは最大の損失・・・上総CSの存続さえ危ういのではないですか?」
純一の問いに、如月は深刻な表情を浮かべた。
「全くその通りです。今や、我社の未来は閉ざされたと同然。なんとか、社の存続のために東奔西走していたところでした。その最中に、遺言状が現れました。・・・役員の中には、救世主かもしれないと期待している者もおりました。」
「救世主?」
「ええ・・何か、社長から託されているのではないかと期待しているのです。」
「そんな・・僕は何も・・・。」
「判っております。・・・ですが、ひとつだけ期待していることがあるのです。」
「それは?」
「詳しくは島でお話します。・・・それよりも、役員の中には頭からあなたの存在を否定している者もいます。社長とは関係ない、相続を放棄するなどと口走れば、その役員の思う壺。あなたを追い出し、社を我がものとするために動き始めます。」

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