SSブログ

2-5 役員一同 [スパイラル第2部遺言]

2-5 役員一同
純一は、遺産相続では必ずそうした金に絡む厄介な人間関係が待っているとは覚悟していたが、如月の話を聞き、うんざりした気持ちになっていた。そして、再び、なぜ自分がこんな目に遭うのかと嘆いた。しかし、今更逃げ出すわけにも行かない。
「誰がその役員なのですか?」
純一が問う。如月は少し悩んだ表情を浮かべた。
「いえ・・私の口からお話することはできません。・・私も役員の一人なのです。それは、あなたご自身で見極めていただく必要があります。」
「あなたも信用できないということでしょうか?」
純一が訊くと、如月は真顔になって言った。
「それもあなたご自身で判断してください。・・私はあくまで顧問弁護士の役割から、あなたを島へ連れて行くことをほかの役員から託されたのです。ただ・・私は、上総CSの存続を願っております。それだけは信用していただけるはずですが・・・。」
純一は、如月という人間が味方なのか敵なのか、よく判らなくなっていた。

「ああ、そうだ。これがミホさんの戸籍です。どうぞ。」
如月は封筒を一つ取り出して、渡した。
中を取り出すと、1通の戸籍抄本が入っていた。
「これは・・・」
そこに、小林純一の戸籍に、妻ミホと記載されていたのだった。入籍日は、純一がミホを海岸で見つけた日付だった。
「どうやったのかは訊かない約束ですよね。・・・役員に紹介するとしても、妻の方が問題がないと判断しました。それと、一応、ミホさんの経歴も作成しておきました。」
如月はもう1通の封筒を手渡した。そこには、出生地や生年月日、高校・大学の卒業記録も記載されていた。それによれば、ミホは30歳となっている。
「ミホの経歴なんて・・・これは・・・。」
「いえ、大丈夫です。私の調査記録から、きっと間違いないはずです。ミホさんが失った記憶に間違いありません。」
「そんな・・警察さえも手を拱いているのに・・。」
純一は、あまりに如月が自信満々に言った言葉を拒絶するように言い返した。
「警察の力など信用しないほうが良い。だいたい、あの・・・古畑とかいう刑事一人が片手間に調べている範囲です。結局、真剣に捜査するつもりなどないのですから・・。私どもの・・いえ、社長の開発したシステムの一部を使えば、世の中のことは大抵把握できるのですよ。」
「そんな・・・。」
じっと話を聞いていたミホが漏らすように言った。
「ミホさんは、かなりの才女でした。乗馬だけでなく、あらゆるスポーツができ、五カ国語を操り、世界中を飛び回るようなお仕事をされていたようです。」
如月が言うと、純一が言った。
「そんな女性が、しがないトラック運転手の妻になった・・って変でしょう?」
「ええ・・・ですが、それは良いじゃないですか。色恋の世界は想像もつかない事がありますよ。・・瀕死の重傷を負ったところを助けたことが縁となったとでもしておきましょう。」
如月が言うと、純一はあながち嘘ではないことでもあり、少し納得してしまった。
「ミホさん、役員連中に何か尋ねられても良いように、経歴を頭に入れておいてください。大丈夫です。役員たちは、それほどあなたには近づかないでしょうから・・。」
如月は何かそれが当然だと言わんばかりの自信のある言い方をした。
「もうすぐ到着します。」
操縦席からラウンジにマイクの声が飛び込んできた。

島の北側は、周囲が高い断崖に囲まれていて、その真ん中辺りに船着場が見えた。
桟橋に着くと、すぐに如月は二人を案内した。桟橋から断崖に向かって舗道が伸びている。その先に、小さなドアがあり、その中に小さなケーブルカーがあった。
純一とミホ、如月が乗り込むと静かにケーブルカーは登っていく。着いた先は、林の中だった。石畳の道を進むと林が開け、見事な芝生が広がった。その先に、ログハウスが建っている。
「あれが、社長の邸宅です。」
如月は先を急ぐ。芝生の広がった庭園のはずれに、一回り小さなログハウスが4軒ほど点在するように建っていた。クルーザーの中で如月が説明していた、ゲストハウスなのだろう。
社長の邸宅というログハウスの玄関を開けて、中に入る。大きな吹き抜けの玄関だった。
「さあ、どうぞ。」
如月に案内され、内ドアを開くと、広いリビングルームだった。ソファーが何客か置かれていて、南の窓際に二人、暖炉の傍に二人、それぞれ夫婦らしい人物が座っていた。そして、キッチンの近くのテーブルにはかなり年配の男性が書類を広げて座っていた。
純一とミホがリビングに入ると、一斉に厳しい視線が飛んできた。
「小林さんをお連れしました。」
如月の言葉に、それぞれが中央の大きなテーブルに集まってきた。歓迎されているとは思えない空気を純一もミホも感じていた。誰も挨拶しようとはせず、じっと二人の動静を注視している様子だった。
「さあ、どうぞ。」
大きなテーブルの片面の中央に、純一が座り、左側にミホ、右側に如月が座った。対面側に、二組の夫婦、そして、その間に年配の男が座った。
「では、遺言状に基づき、相続の協議をさせていただきます。」
年配の男は、亡き社長の私設弁護士だった。
弁護士は静かに小さな箱を開け、中から、封筒に入った遺言状を取り出した。
「読み上げましょうか?」
弁護士が周囲を見ながら言うと、太った初老の男が言った。
「もう良い。何度も聞いた中身だ。・・それより、その男が本当に小林純一か確認しろ。」
ぶっきらぼうな物言いだった。如月はポケットから書類を取り出した。
「間違いありません。これが戸籍抄本と運転免許証のコピーです。」
書類を弁護士に手渡した。弁護士は、じっくりと記載事項を確認した。
「まちがいありません。この方が、遺言状にある、遺産相続人と認めます。」
弁護士の言葉に、皆は落胆したような溜息を漏らした。

nice!(6)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 6

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0