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2-6 遺言状の内容 [スパイラル第2部遺言]

2-6 遺言状の内容
「すみません。・・皆さんをご紹介いただけませんか?」
純一は、如月に言った。
「そうですね。正式に相続人に認められたのですから・・・ええと、では。」
そう言って如月は立ち上がり、紹介した。
「こちらが、上総敬一郎会長の弟の、上総敬二郎様です。取締役です。」
先ほどぶっきらぼうな口調を発した男だった。太っていて禿げ上がっている。やたら眉毛が濃いのが印象的だった。
「そして、奥様の里美様。文化事業部の部長兼務の取締役です。」
髪を結い上げ、つり上がった目でちらりと純一を睨む。
「それから、こちらが伊藤守彦様。マリン事業部長で取締役です。」
紹介されると、年のころは40歳半ばか、細身で少し顎がしゃくれた顔に満面の笑みをたたえて、男は立ち上がり、右手を差し出した。
「よろしくお願いします。・・・これで我が社も安泰です。」
どうやら、営業マンだったようだった。顧客に見せる作り笑顔だと純一はすぐに判った。あまり成績は良くないだろう。
それを見ていた女性が立ち上がって、握手しようとした男の右手を叩いた。
「もう・・・なんであなたはそうなの?」
何か咎めるような視線で男を見た。
「ああ、こちらは、伊藤様の奥様で、敬子様です。・・敬二郎様のお嬢様で、一応、取締役をされておられます。」
「一応とは何よ、失礼しちゃうわ。・・・それより、その女、何者?」
全く礼儀をわきまえない言い方で、ミホへ視線を向けた。
「ああ、こちらは、小林さんの奥様で、ミホ様です。」
それまで、少し俯きがちに座っていたミホは、如月に紹介されて立ち上がり頭を下げた。
「ミホです。よろしくお願いします。」
そして、ゆっくりと顔を上げて皆を見た。その瞬間、4人とも凍りついたような表情を見せた。如月は一瞬、にやりとしたような表情を見せた。その様子に、純一は不審を抱き、訊いた。
「あの・・ミホが何か?」
純一の問いに、皆、顔を見合わせ、何か首を小さく横に振ったと思うと、敬子が口を開いた。
「いえ・・なんでもないわ。・・まあ・・・思ったより美人なんで、ちょっと驚いたのよ。」
何か空々しい言い方をして、椅子に座って横を向いた。

「おい、如月、このあと、どうするんだ?」
敬二郎が再びぶっきらぼうな口調で聞いた。如月と呼び捨てにするのは、以前、如月が部下であった事を示していた。
「はい。正式な手続きは明日と言う事にしましょう。小林さんもこちらに来られたばかりでお疲れでしょうから。」
「あの・・上総CSの役員はここにいらっしゃる5人だけでしょうか?」
皆、少し困ったような顔をした。如月が咄嗟に答える。
「もう一人、本社に副社長がいらっしゃいます。今日は、業務の都合でこちらには来られませんでした。」
それを聞いて、敬二郎がふんぞり返ったままで言い放った。
「ふん・・あんな奴、居ても居なくても一緒だろ。どうせ、社長の機嫌をとって副社長になっただけなんだ。ほとんど社長のスピーカーの態だったじゃないか。」
「ほんとに・・。」
呼応するように、妻の里美も言った。すると、伊藤部長が取り繕うように言った。
「そんな・・・本社を纏められるのは副社長の人望でしょう。」
それを聞いて、妻の敬子がたしなめるように言う。
「あなた、いつまでそうなのよ。・・もう部下じゃないんだから。」
どうやら、上総CSの中でもここに居る役員とは違う立場のようだった。
「副社長は、山下修一氏です。コンピューター部門を立ち上げる時から社長の下で働いておられました。実は、今日は資金繰りのために奔走されているのです。真面目な方です。」
それを聞いて、反応したのは敬二郎だった。
「何だ、如月!ここに居るのは不真面目だっていうのか?・・だいたい、お前が召集したんだろうが!」
敬二郎の言葉に如月は一瞬、イラついたような表情を浮かべたが、聞き流した。
「では、社長を入れて7人の役員なのですね?」
「ええ、そうです。大抵は、ここで役員会を開いておりました。ほとんど、重要な事は社長からの提案でしたが・・・。」
亡き上総英一のワンマン会社であることは明らかだった。そして、親族である事だけで役員待遇を受けている者が集まっているだけで、如月と副社長とが実務上の切り盛りをしているのだろうと純一は理解した。叔父一家が上総CSを食い物にしているのかもしれないとも感じていた。

「正式な手続きは明日にって言ってもさ・・・。」
不意に、敬子が口を開いた。
「どうせ、書類を作成するだけなんでしょ?・・それより、小林さん、本当に遺言書の通り、相続する覚悟はあるの?」
少し意味深な訊き方をした。
純一は少し返答に困った。如月からは相続放棄など口にしないようにと言われていたが、未だに割り切れない気持ちだったのだ。何も判らない男が大きな会社の経営権を引き継ぐ等、到底考えられない事なのだ。
「そうだ・・相続権を放棄すれば楽になるぞ!」
敬二郎も言った。如月がその会話を制止するように言った。
「それは困ります。皆さんもご存知でしょう?・・・今は小林さんに期待するしかないんです。」
それを聞いて、敬二郎達は溜息をついた。
一体、何の事なのか、純一には全く理解できなかった。自分に何が出来ると考えているのだろうか。

「そうね。・・じゃあ、明日、正式な手続きの前に、例の事を済ませておきましょうよ。」
敬子が立ち上がった。如月は、少し躊躇いがちに立ち上がった。
「判りました。では・・小林さん、こちらへお願いします。」
如月はリビングの隣にある一対の白いドアに、純一とミホを案内した。

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