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2-7 上総社長の家 [スパイラル第2部遺言]

2-7 上総社長の家
20畳以上あろうと思われるリビングの玄関とは反対側の壁に、白いドアのようなものがあった。というのも、ドアの形状だがドアノブがない。エレベーターのドアのようにも見える。
「さあ、こちらへ。」
如月に促されるまま、純一はドアの前に立った。ミホも隣で様子を伺った。
ドアの右側の壁がぼんやりとオレンジ色に光った。その光は手形のように見えた。
「ここはラボへの入口なのです。さあ、手を翳してください。」
如月の言うまま、純一がその光に手を翳すと、オレンジの光が徐々にブルーに変化する。その様子を固唾を飲んで見ていた敬二郎たちが、「おお」と声を上げた。同時に、白いドアが音もなく開いた。
やはり、エレバーターの入口だった。
「やはり・・・。」
如月が小さく呟いた。そして、敬二郎たちの方に体を向けると、「どうですか?」と訊いた。
「判った。認めよう。・・小林さん、あんたは正式な後継者だ。我社をどうか救ってくれ。」
敬二郎が立ち上がって皆の気持ちを代弁するように言った。純一は、急に、親族一同の態度が変わったように感じていた。
「どういうことです?」
如月に尋ねると、如月は要点をまとめるように答えた。
「社長は亡くなる直前に、新たなコンピューターシステム開発に成功されたのです。その技術があれば、我社には莫大な利益がもたらされるはずです。しかし、ラボへの出入り口は厳重なセキュリティが入っていて、ここにいる者は誰も入れなかったのです。・・小林さんが相続人と指名されていたので、おそらくラボへも出入りできるのではないかと考えていたのです。見事、期待に応えてくれました。」
「それで、この後どうすれば?・・ドアが開けば用はないとでも・・・。」
「いえ・・おそらく、ラボに入るにはいくつかのセキュリティがあるはずです。とにかく、ラボへ行って、社長が開発したはずのシステムを見つけていただきたいのです。それさえあれば、上総CSは安泰です。」
純一にはようやくすべてが飲み込めた。
「では、行きましょう。」
純一はミホの手を握ってエレベーターに乗り込んだ。
続いて、如月も乗り込もうとしたところ、けたたましい警告音が響き、威嚇のための白いガスが如月めがけて噴射した。驚いて、如月がドアの外へ出ると、ドアは閉じてしまった。

エレベーターの中には、ボタン類はなかった。
ドアが閉じると、静かに下っていき、ほんの10秒ほどで停止した。
ゆっくりとドアが開くと、その先には長い通路があった。二人がいる周囲だけ、ライトが点いているが、その先は暗闇だった。純一はミホの手を握り、通路を進む。順番にライトが足元を照らしてくれる。
どれくらい歩いたか判らないが、しばらくするとまた白いドアがあった。先ほどと同様に、ドアの脇のオレンジの光に手を翳すと、ドアが開いた。
二人は息を飲んだ。
ドアの前には海が見えた。外に出たのではない。大きなガラス状のドームで覆われた空間だった。目の前に砂浜が広がり、穏やかな海、しかし、その前方は高い崖がぐるりと取り囲み、わずか一箇所だけが外海と通じている。外界から隔離された内湾のプライベートビーチといったところだろう。
「ここが社長のラボなのか?」
あまりの想像を超えた空間に、純一には、これが現実のものとは思えなかった。
しばらく、ドームの中央に立ち竦んでぼんやりと様子を眺めていた。

ミホは、この島に来てから随分静かだった。役員を前にして挨拶をした程度で、ずっと純一の傍を離れず、何かに怯えているようでもあった。
純一は、ようやく周囲の状況にも慣れたようで、傍にいたミホに声をかけた。
「何だか・・随分、別世界に来たようだな。」
そう言って、ミホを見ると様子がおかしい。
「どうした?体の調子が悪いのか?」
「ええ・・・何だか、頭がぼんやりとしていて・・・。」
「疲れたんだろう。」
純一がそう言って、どこか休めるところはないかと部屋の中を見渡していると、静かに床が開いて、真っ赤なソファーがゆっくりとせり上がってきた。
「ソファーに座ろう。」
大きめのゆったりしたソファーに、ミホは体を横たえるように座った。
「何か飲み物はないかな?」
純一の言葉に呼応するかのように、今度は部屋の奥の仕切りのような壁がゆっくり開き、キッチンが現れる。純一は冷蔵庫を見つけ、飲み物を持ってきた。
最初は、何一つなかったドームの中に、いくつもの仕掛けが現れ、次第に一つの大きなリビングルームのようになっていく。純一もミホもその仕掛けに驚きながら、徐々に慣れていった。

「上総社長は、ここでどんな研究をしていたんだろう・・。」
純一は美穂が少し落ち着いた様子を確認して、部屋の中を物色し始めた。しかし、それらしきものが見当たらない。広いドームの中をひと回りして、諦めるように再びソファーに座った。
すると、ソファーの前の床が開いて、ゆっくりと大型の液晶モニターが目の前に現れる。同時に、ソファーの前の小さなテーブルからも、10インチほどのパームトップPCが現れた。画面がオレンジ色に光った。純一がそっと手を触れると、画面がブルーに変わり、目の前の大型液晶も反応するように起動して、いくつもの映像を映し出した。どうやら、手元の小さなPCがコントローラーになっているようだった。そして、大型液晶画面に映し出されているのは、邸宅のリビングだった。他にも、どこかの部屋の中が映っている。
「これは、監視カメラの映像だ・・・。」
リビングの映像には、先ほどの面々が思い思いに座っている様子が鮮明に見える。その映像にタッチすると、スピーカーから話し声も聞こえてきた。
「こんなふうに、人を監視していたのか・・・・。」
純一は手元のコントローラーを操作しながら、映像を見ていた。そして、亡くなった上総社長は、周囲の人間に対して異常なほどの猜疑心を抱いていたに違いないと考えていた。何か虚しさを感じながら、純一は映像をアップにしたり、角度を変えたりしながら、リビングの様子を見つめた。

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