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2-9 英一の遺産 [スパイラル第2部遺言]

2-9英一の遺産
リビングに戻ると、一同が待ち構えていた。
「社長の開発したものは見つかりましたか?」
如月が問う。純一は少し躊躇いがちに言った。
「ええ・・・それらしきものは・・・・・しかし、まだ未完成でした。」
純一の答えに皆は落胆した様子だった。
「どうするんだ!如月!」
敬二郎が如月に食ってかかる。如月も戸惑いを隠せなかった。
「使い物にならないんなら、意味がない。これで上総CSも終わりだぞ。」
さらに敬二郎が如月に迫る。
「もう少しお時間をいただけませんか。きっと皆さんが期待しているものを提示できると思います。」
純一は冷静に言った。その言葉に、娘の敬子が立ち上がって言った。
「本当なの?」
純一に訊いているようだった。
「ひと月ほど時間があれば・・・。」
「パパ、大丈夫よ。だから、社長はこの人に相続させたんだって・・。自分で出来ないまま、死んじゃったから悔いが残ってたんだわ・・・。きっとそうよ。」
敬子はなんだか訳のわからない理屈を並べ、自分で勝手に納得している。
「そうよ、きっと自分ではどうにも完成させられないから、この人に頼んだのよ。そして、自分の才能のなさに気付いて自殺したのよ。・・昔から、陰気な性格だったし・・変人だったからね。」
妻の里美も、娘の言った言葉に乗っかるように言った。
どうやら、この3人は、英一は自殺したものだと思い込んでいるようだった。とすると、英一の死には関係していないということになる。
「どれくらいで発表できる?」
敬二郎が純一に訊く。
「それは何とも・・・さっき初めて見たわけですから・・・。」
純一のはっきりしない答えに、今度は如月が訊いた。
「一体、どういうものなのです。・・概要だけでも判れば・・・そう、あなたも相続して新社長になるわけですから、我社の経営に責任がある。・・今、新技術の開発を発表すれば、当面は我が社は安泰なのです。概要だけでも発表しましょう。」
それを聞いていた、敬子の夫、伊藤守彦も口を開いた。
「新社長就任と新技術開発のニュースを発表しましょう。段取りは、私がやりましょう。ハーバーの大型クルーザーを使って盛大なパーティを開きましょう。我がマリン事業部の宣伝にもなる。そうしましょう。」
そこまで聞いて純一が言った。
「いや・・・新技術の発表はまだできません。もう少し確信を得てからにします。それと、新社長就任もやめてください。私が相続し、経営権を持つことになるのでしたら、役員体制も見直したい。本社の・・山下副社長ともお話したい。1週間ほど待ってください。」
純一の言葉に、皆、驚いた。「役員体制の見直し」とは、ここにいる者の最大の問題であるからだった。皆、顔を見合わせ言葉を失っている。
「今日は疲れました。皆さんはゲストハウスに戻ってください。明日、正式な手続きをした後で、ひとりひとり、お話しましょう。」
皆、すごすごと引き上げていった。
如月が最後に残って、何か言いたげな様子で純一に近づいてきた。
「如月さんも、どうぞゲストハウスにお戻りください。あなたの役割は私をここへ連れてくることでしょう?もうその役目は終わりました。ほかの役員の方と同様、今後の上総CSに必要かどうか、私が決めます。」
純一はわざと高圧的な口調で言った。
地下のラボで見た映像から、如月の動きはどうにも信用できないと感じったからだった。
如月は苛立った表情を浮かべたまま、出て行った。

皆が部屋を出ていってから、純一はミホとともに、リビングのソファーに座った。
「大丈夫?」
ミホが純一に身を委ねるようにして訊いた。
純一は、ミホの肩に腕を回し、強く抱きしめて言った。
「ああ・・大丈夫さ。・・・なんだかよく判らないが、もう逃れられないようだからね。・・・」
「何か作りましょうか・・・。」
「ああ。」

ミホはキッチンに行き、冷蔵庫を開いて、定期等な材料を取り出して、夕食を作り始めた。その様子をぼんやり眺めながら、純一は少し違和感を感じていた。
初めてここに来るはずなのに、ミホは何かここの全てを知っているように見えた。キッチン用品のありかや、調味料の置き場所、何の迷いもなく、手早く料理を作っていく。ここに来たことがあるのではないか、そんな疑問が湧いてきたが、「そんな馬鹿な・・」と純一は取り消したのだった。ぼんやり眺めているあいだに少し眠気が襲ってきて、知らぬ間にソファーで眠ってしまっていた。

「純一さん、出来ましたよ。」
そういうミホの声で目が覚めた。大きなテーブルの上に、料理がいくつも並んでいた。
「さあ、いただきましょう。・・・冷蔵庫の中、すごいのよ。なんだか高級そうな食材ばかり。料理の腕も振るい甲斐があるわ。」
ミホは嬉しそうだった。純一も、ミホの手料理を美味しく食べた。
夕食のあと、ソファーで寛いだ。
島にぽつんとある邸宅。雑音など何も聞こえない。
ふと、地下のラボを思い出した。
あそこはガラスのドームでできている。きっと夜空が見えるだろう。
「なあ、ミホ、地下のラボへ行こう。ここよりきっと気持ちいい。」
純一は、ミホの手を取り、ラボへ行った。
予想通り、ガラスドームの上には星空が広がっていた。周囲に明かりが無いせいか、星座も分からぬ程の星の海が広がっていた。
この星空を眺めながら、亡くなった英一社長は何を考えていたのだろうか、ここにたった一人で居たのだろうか、如月を始め取り巻く役員への猜疑心を抱え、孤独の中で黙々と研究を続けてきたのだろうか、これだけの財力を得ているにも拘らず、途轍もなく深い悲しみの中にいたのではないだろうか。純一は星空を眺めながら、上総英一の人生について想いを巡らせていた。

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