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2-10 副社長 [スパイラル第2部遺言]

2-10副社長
翌朝、年配の弁護士が進行役となって、正式な相続の手続きが進められた。上総英一が所有していた財産目録が一つ一つ読み上げられ、署名と捺印が繰り返された。
それを、敬二郎たちは、苛立ちながらも見守るしかなかった。すべてが終了した頃には、もう昼を回っていた。
「これで正式に僕が、上総CSの代表取締役社長となったのですね。」
年配の弁護士が頷いた。
「では、1週間後に役員会を開くことにしましょう。それまでに、現役員の皆さんは、それぞれに、上総CS発展のためのプランをまとめてください。そして、役員会で提案してください。その結果で、新体制を確定します。」
純一の提案に、敬二郎や里美、敬子たちは戸惑いを隠せなかった。如月と伊藤は、これを予想でもしていたかのように頷いた。
「では、みなさん、1週間後にお会いしましょう。」
純一はそう言って、ミホとともに、ラボへのエレベーターに乗り込んだ。

純一は、ラボに戻ると直ぐに大型モニターを起動した。まだ、上のリビングには、皆、残っていた。
皆、思い思いにソファーや椅子に座っている。
「ここに居たってしょうがない。家に戻るぞ!如月、船を出してくれ!」
敬二郎が立ち上がって、如月に命令した。
そうして、皆、リビングを出ていった。庭の映像に切り替えると、船着場に向かう通路を、列をなして歩いている姿が捉えられていた。そして、映像から消えた。

ミホが熱いコーヒーを煎れて運んできた。
「なんだか・・悪趣味よね・・・。」
ミホが呟いた。確かに、カメラで島中の様子を全て見ているというのは、いい趣味ではない。しかし、そこまでしないと安心できない状況にあった英一の心情を思うと素直に頷けなかった。
「ねえ・・そこにある緑色の画像は何?」
手元のコントローラーの右下には、ミホが言うとおり、緑色のコマがあった。軽く触れると、オレンジに変わった。もう一度触れると、大型モニターには、誰かのデスクが映し出された。席には誰も座っていない。何か、点滅する光が見える。呼び出しているのかもしれない。すると、ガタガタと音がして、ボサボサ頭で黒縁のメガネをかけた、見るからに卯建の上がらない男が慌てて覗き込んだ。そして、周囲を何度も何度も確認して、小さなヘッドセットをつけると、再び、覗き込むと、小さな声で言った。
「あなたは・・・小林純一さん・・ですね?」
どうやら、こちらの映像は届いていないようだった。
「ええ・・・小林です。あなたは?」
「本社の・・山下です。」
「では、副社長の山下さんですね。」
「ええ・・一応、そうなっていますが・・・しかし、名前ばかりで・・たいした仕事はしていません。・・・。」
「マリン事業部の伊藤さんは、あなたの人望で本社が纏まっているんだど言ってましたが。」」
「いえ・・それは間違いです。僕は、これで社長と絶えず連絡を取っていました。何かあれば、社長の代わりに社員に指示を出すだけです。・・・まあ、社員はこれを知りませんから・・・。」
「ほかの役員も?」
「ええ、おそらく、誰も知らないでしょう。社長が開発された最初の代物です。・・まあ、僕のアイディアも多分に入っていますが・・・。」
「単なる通信システムではないんですか?」
「一見、そう見えるでしょう?・・でも少し違います。・・・よく、見てください。私、口を開いていないでしょう?」
そう言えば、先程からなにか不自然さを感じていたのは、山下がただ、カメラを見ているだけの表情だったからだった。
「このヘッドセットをつけると、脳波を感じて、音声信号に変える・・というか、ええっと・・・考えていることを言葉にするシステムなのです。・・・ラボには、もう一回り小さいものがあるはずです。これをつけていれば、・・そう・・テレパシーみたいに会話ができるんです。良いでしょう!」
画面に映る山下の表情が、にやりとした。
「社長の手がけてこられたメビウスというシステムはご存知ですか?」
「ええ・・イメージは聞きました完成間近だとも・・・しかし、残念です。社長がご存命なら、きっと世界を驚かせる事が出来たはずです。何か、人造人間みたいなものを作っていると・・え?・・・もしかして、小林さんは人造人間・・てことは無さそうですね。・・・いや・・・こちらには映像が届かないものですから・・・。スミマセン・・電話です。一旦切ります。」
画像が再び緑色に変わった。
画像が切れてから、純一は、英一社長と山下の関係を測りかねていた。嘆いている様子もなかったし、淡々と社長の死を受け入れている様子だった。それよりも研究が途絶えたことのほうを残念がっている。信頼関係ということでもなさそうだし、お互い、変人なのかもしれない、純一はそう考えた。ただ、役員の中では、最も、信頼するに足るだろう。何しろ、財産とか権力とかとは無縁な価値観を持っている様子だったからだ。
画像が再び緑色からオレンジに変わった。これが通信の合図に違いない。軽く画面を触れると、再び山下が現れた。
「スミマセンでした。如月からでした。宿題が出たようですね。僕も、次の役員会に行かなくちゃだめですか?」
「ええ・・そのつもりですが・・・。」
しばらく、表情が固まっている。
「来れない事情でも?」
「いえ・・ただ・・役員会には出席したことがないものですから・・・。」
「君には、宿題よりも大事な頼みがあるんです。・・亡くなった社長の事を教えてもらいたいのです。ここでの暮らしとか、亡くなるまでの様子とか・・・自殺とされていますが・・本当なのでしょうか?」
しばらく、山下の言葉が途絶えた。
「それならば・・僕より適任がいますよ。秘書です。社長には三人の秘書がいました。そこでの暮らしの一切をやっていましたから・・社長もかなり信頼していたようです。」
「今は、居ないようですが・・・。」
「ええ、社長が亡くなってすぐに解雇されました。・・二人の居場所はわかりますから、そこへ行かせましょう。すぐに連絡を取ります。」
山下はそう言って通信を切った。

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