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2-23 常務と伊藤 [スパイラル第2部遺言]

2-23 常務と伊藤
純一は目の前で鮮やかに仕切っている如月に恐怖を抱いた。そして、やはり、昨日感じた如月の情報には大きな誤りがあると確信していた。
全てを暴かれた格好となった伊藤部長は、憔悴しきった表情で、敬二郎を見た。その目は敬二郎に助けを求めているようだった。しかし、敬二郎は視線を合わそうとしなかった。娘を裏切った事への怒りではなかった。何しろ、佐橋玲子は敬二郎自身が先に手をつけた女だったからだ。伊藤を庇う事は、自分へも飛び火する事を承知していた。だからこそ、伊藤がどれほど痛めつけられても手を出す事など出来なかったのだった。
その様子を悟ったかのように、伊藤部長は立ち上がって、敬二郎を睨んだ。そして顔を紅潮させて言った。
「常務!私を見捨てるつもりですね!」
「何を言い出すんだ・・・身から出た錆だろうが・・・こればかりは・・。」
敬二郎はうろたえながら答えた。その曖昧な態度が伊藤に火をつけた。
「わかりました!良いです。貴方がそのつもりなら・・・あの秘密をここで打ち明けましょう。すべてを白日の下に晒せばいいんだ!」
「何?何を言い出すんだ?・・秘密?何のことだ!」
「とぼけても無駄です。どうせ、私にはもう何も無いんだ。」
伊藤はそう言うと、如月を睨みつけたあと、純一の脇へ膝を付いて見上げながら言った。
「社長!社長は、上総会長の事故の事はご存知でしょうか?」
「ああ・・大方聞いています。進水式の直後に爆発事故を起こしたんでしょう。」
「そうです。不幸にも会長ご夫妻は命を落とされた・・・。あれは事故なんかじゃないんです!あれは・・常務が仕組んだものなんです。」
伊藤の突然の告白に、一同は大いに驚いた。秘書室に居るミサやミカ、洋一は事故の核心が暴かれるとあってじっと固唾を呑んで見守っている。
「馬鹿な・・何の証拠があって・・・あれは事故だ、設計上のミスだったと警察でも結論が出てる。」
敬二郎は額の汗を拭いながら否定した。
「私はあの事故の前日、常務が新造船のドックから何かをもって出てこられたのを見たんです。常務は私に気づいて、口止めをされました。悪いようにはしない、いずれ役員にしてやるから見たことは黙っておけと言われた。あれは、船に細工をした後だったんです。事故の細工を常務がしたのを見たんです。」
「俺がどんな細工をしたというんだ!・・世迷言だ、何の証拠がある!馬鹿馬鹿しい。」
敬二郎はそう言うと椅子にふんぞり返って座った。
「私も上総会長の事故には関心があります。英一社長の事故とも何か関係があるのじゃないかと考えています。常務、正直に答えてください。さもないと、警察に引き渡して事の詳細を今一度調べてもらうことにもなりますよ。」
純一の言葉に常務は観念した表情を浮かべた。しかし、敬二郎には一つの計算があった。拒否すれば、伊藤がまた別のこと、そう佐橋玲子のことを蒸し返すのではないかと考えたのだった。
「判った。全て話そう。」
そう言って、敬二郎は椅子に座りなおした。
「事故の前の日、俺は兄に呼び出されたんだ。ドックの中では、兄が完成したクルーザーを自慢げに説明した。俺はあのプロジェクトには参加していなかったから、船の中に入るのは初めてだった。エンジンルームまで説明して如何にこの船が時代に先駆けているかを饒舌に話したよ。しかし、兄の目的はそんな事じゃなかった。ひとしきり説明したあと、兄は俺に向かって怒った。社運をかけて皆が一致団結して、資金繰りをしている時、お前は何をしていたんだってね。そうさ、おれは、マリン事業部の部長だった。だが、あの船が完成することはちっとも嬉しくなかった。だから、・・・。」
そこまで言って、常務の顔色が変わった。
「だから・・俺は、事業部の金をちょっと使った。いや、投資話に流用させてもらったんだ。バブルの最盛期だぞ!一晩で金が倍に増える話なんてごろごろあった。プロジェクトで皆が大騒ぎしている間、それに加われずにいる俺の気持ちがわかるか!資金を増やす事も何か役に立てるんじゃ無いかって・・しかし、いい話ばかりじゃなかった。結局、いくらか損金を出した。それを兄は怒った。」
「それで・・船に細工を?」
如月が一言言った。
「馬鹿な!俺にもマリン事業部長の誇りはある。あの船は良くできた船だ。そんな細工しない。兄は転がっていたスパナを拾い上げて、俺を殴ろうとした。あんなに逆上した兄を見たのは初めてだった。だが、兄は俺を殴れなかった。そのまま、落胆した表情で帰っていったよ。俺は、スパナを拾い、工具室に戻しに行ったところで、伊藤に見られた。伊藤は俺が会社の金を流用した事を聞いていたんだと思った。だから口止めしただけだ。」
「本当ですか?」
純一が訊いた。
「何一つ嘘は無い。俺だって船は好きだ。あれだけの船を壊そうなど思いもしない。・・それに、兄を殺すなどできるはずも無い。兄のお陰で、こうして暮らしていられるんだ。これは本当の事だ!」
敬二郎の目には曇りは無かった。長年秘密していた事を吐露したことは真実だと純一は直感した。
「いや・・違うでしょう。貴方が細工をしたんだ。そうに決まっている。貴方が、燃料タンクに貴方が傷をつけたんでしょう!」
如月が妙に興奮して口走った。
「馬鹿な、俺は真実を言った。嘘など無い!」
敬二郎は如月の言葉に声を荒げて答えた。

「良いでしょう。わかりました。この件はまた後日お伺いしましょう。」
純一は急に話を終えるように切りだした。
「さて・・・如月さんの提案はどうしましょうか。伊藤部長はもはや退任いただく以外になさそうですが、常務はどうしますか?奥様と相談し資金を作りますか?」
敬二郎は答えに窮した。
邸宅を抵当に入れて3億円を工面するなどできるはずは無かった。すでに邸宅は海外への投資の資金のために抵当に入れていたのだった。
「まあ、急ぐ事も無いでしょう。じっくり検討して下さい。・・何か別の提案があれば伺いますから。」
敬二郎と里美は、少し猶予されたとしても事態が好転する考えなどなく、苦虫をつぶした様な顔をして溜息をついた。
「そう言えば、如月さん。貴方の提案では、アミューズメント事業のところがよくわからなかったのですが・・・独立採算制とするなら、事業部自体は不要となりますが?」
「資産価値が大きすぎて、切り離しは無理です。本来なら現状維持が望ましいところです。」
「アミューズメント事業部長は解任すべきではないのですか?」

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