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2-24 役員の処遇 [スパイラル第2部遺言]

2-24 役員の処遇
「私は辞めないわよ!」
敬子は怒りを露にして言い放った。
「では、今のままで?」
「ええ・・・私は何もしていないわ。ちゃんと取締役のお仕事をしているもの。」
「如月さん、どうですか?」
純一は如月に改めて訊いた。如月はどう答えたものかと悩んでいる風だった。
すると、モニター画面にスケジュール表が映し出された。秘書室に居るミサがやったことだった。
「これは誰のスケジュールかわかりますか?」
ほぼ一か月分、週に二度のペースで乗馬クラブとゴルフ場と記載されていた。敬子のスケジュールだった。
「ほぼ毎日のように、乗馬クラブとゴルフ場に顔を出されていますね、敬子さん。」
「・・え・・ええ・・・それは、取締役ですから、行かないといけませんから・・。」
「ええ、しかしこれは、乗馬とゴルフを愉しまれている時間なのですよ。役員としてでもなく、客としてでもなく・・ただ、自分が愉しむために行っている。・・・無銭飲食と同じではありませんか?」
そう言われて、敬子は顔を真っ赤にして怒った。
「良いじゃない!役員なんだから、それぐらい許されるでしょう!」
「まあ、お金の問題は置いておきましょう。ただ、この時間帯に、他の客を入れるなという指示をされていますね。支配人は苦慮しているそうです。他のお得意様から苦情も出ているとか・・・。これでは営業妨害も甚だしいとは思いませんか?」
敬子は、純一がこれほど調べていたとは予想もしていなかった。そして、返す言葉を失い、如月を見た。如月は敬子を視線を感じて、何とか助け舟を出そうとした。
「まあ・・・確かに、営業妨害になっているようですね。今後は、通常の客と同様にきちんと料金も払っていくように改めればいいじゃないですか。」
純一は如月の言葉を意外に受け止めた。
「おや、如月さんは敬子さんには寛大なんですね。・・・これだって充分、役員としては背任行為に当たると思うんですが・・。」
純一は、耳のイヤホンから適宜発せられるミサの言葉を口にした。
「ええ・・確かに背任行為と指摘されれば、認めざるを得ませんね。」
「では、敬子さんは事業部長取締役を解任するという事で異存はありませんか?」
如月は法律家でもある。役員の背任行為を認めた以上、解任される事に異議を唱える理屈を持ち合わせていなかった。
「仕方ないでしょうね。」
その言葉に、敬子は如月の胸座をつかんで泣き喚いた。
「酷い人!あれだけ約束したじゃない、私だけは守ってくれるって!どうして!どうして!」
その所業は、役員解任を嘆いているのではない事くらい、皆の目には明らかだった。
「敬子!お前、如月とできてたってのか!」
部屋の隅で憔悴しきっていたと思われた伊藤部長が、立ち上がって大声を出した。
「如月!てめえ!自分のことを棚に上げて、皆の罪をあぶりだして、どういう了見なんだ!」
今度は、敬二郎が食って掛かった。伊藤と敬二郎、そして、如月がもつれ合うように床に転がる。もはや、ここには正義とか道徳とかそういう言葉は無かった。
「役員会はこれにて終了ですね。」
純一とミホは、罵声を浴びせあう役員達をリビングに残し、ラボへ消えて言った。
秘書たちも、もはや見ていられないほどの修羅場となったリビングのマイクを切り、照明を落とし、自分の部屋へ戻って行った。

「あ~あ・・がっかりね。」
秘書室の隣のプライベートルームには、ミカとミサ、そして洋一がいた。ミサは如月の失態を見て落胆していた。ミカも同様だった。
「これだから、男は信用できないのよね。」
ミカはちらりと洋一を見て言った。
「・・男と一括りにして欲しくないなあ・・・。」
「まあ、洋一さんは別よ。」
ミカの少し甘えた声に、ミサが苛立つような言い方で言った。
「ねえ、いちゃいちゃしたいなら、船へ行けば!」

ラボに戻った純一はモニターを立ち上げ、リビングの様子を見ることにした。
ミホは先ほどの修羅場に呆れてしまって、天井を見上げてぼんやりしていた。
モニター画面には、ようやく鎮まった様子が見えた。皆、別々の方向を向いて椅子に座っている。
「さあ・・どうするつもりだろうか・・・。」
「何だか悪趣味ね・・・。」

リビングを映し出した画面から、敬二郎がゆっくりと立ち上がる様子が見えた。続いて、里美も立ち上がり、玄関のほうへ出て行った。画面を切り替えると、ゲストハウスに向かうようだった。続いて、如月がすっくと立ち上がり、乱れた洋服を直すと、敬子のほうを見ることも無く、足早に部屋を出て自分のゲストハウスに向かったようだった。
敬子と守彦が部屋に残った。
守彦は、床に落ちていた離婚届を拾い上げるとアタッシュケースを開け、中からペンと印鑑を取り出し、無言のまま、さっさと署名をした。そして、敬子の顔に投げつけ、ふらりとリビングを出た。ゲストハウスには向わず、船着場へ向っているようだった。
敬子は、目の前に投げつけられた離婚届をくしゃくしゃと丸めるとぽろぽろと泣き崩れたのだった。

「これで一件落着?」
ミホは少し心配げな表情で純一に訊いた。
「いや・・何も終わっていないさ。・・・ほんの少し、判っただけ。」
「何がわかったの?」
「会長の事故はやはり仕組まれたものだったってことさ。」
「でも・・常務さんは否定してたでしょ?」
「ああ、でも会長は殺されたんだ。それも最も信頼を寄せていた人物に・・・今日、わかったのはこれだけさ。しかし、動機がわからないんだ。何故、会長を殺さなければならなかったんだろう・・・。」
「え?一体誰が?」
純一はミホの耳元で小さく一人の名を挙げた。
ミホは驚いて純一の顔を見た。

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