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2‐28 究明 [スパイラル第2部遺言]

2-28 究明
「事故当時の様子をもう少し思い出してください。きっと何かヒントになる事があるはずです。」
純一がリビングにいる皆に問いかける。
「大事なのは・・・事故の前日よね・・・。あの日は、進水式パーティの会場にいたわ・・。」
里美が、少しずつ思い出しながら、当日の様子を話し出した。


10年前、事故前日のマリーナでは、社運をかけた大型クルーザーのお披露目も兼ねた盛大なパーティの準備が始まっていた。里美は、知り合いのフラワーアレンジメントの先生に依頼して、会場内の飾りつけに熱心に動いていた。
「準備は進んでいるか?」
午後一番に、上総会長が会場に現れた。会場準備は、当時マリン事業部長だった敬二郎に任されていた。
「招待客の名簿は?」
会長が敬二郎に言うと、脇にいた伊藤が差し出した。会長がざっと目を通してから
「如月、お前がチェックしろ。抜かりがあってはならん。」
会長の後ろを秘書のごとくくっついている如月に名簿が渡された。
「料理は?・・・手土産は?・・・案内役のコンパニオンは?」
会長から矢継ぎ早に浴びせられる質問に、敬二郎と伊藤が慌てて答える。ひとしきり、会長のチェックが入ったところで、如月が、小さな声で会長に言った。
「招待客と手土産の数が合いません。すぐに不足を手配しないと・・・。」
それを聞いて、会長は、敬二郎と伊藤に怒鳴りつけるように言った。
「数勘定も出来ないのか!・・まったく、すぐに手配しろ!如月、お前が残って他にも抜けが無いか調べてくれ。頼んだぞ。」
会長はそう言うと、クルーザーが格納されているドックへ向かった。
如月はパーティ会場に残って、会長の質問を一つ一つ思い出しながら、準備状況のチェックを始めていた。

受付で、飾り付けの様子を見ていた里美のところへ、総務課の女性社員が慌てた様子でやって来た。
「あの・・山下さんの姿を見られませんでしたか?」
なんか女性社員は困惑した表情で里美に尋ねた。
「どうしたの?」
「・・・あの・・・三河銀行の八木頭取がお見えになったんです。山下さんに用事があるそうで・・・。」
「八木頭取って・・クルーザーの発注をされたんでしょ?・・何か問題かしら?」
「いえ・・クルーザーの件では無いそうなんです。とにかく、山下さんを探さなくちゃ・・・。」
きょろきょろと会場内を探していると、会場の下にあるドックから山下が現れた。
「ああ・・・山下さん、八木頭取が面会にいらしてるんですが・・・。」
女性社員が告げると、一瞬、山下の顔が曇った。
「判りました。・・今どちらに?」
と女性社員に聞くと同時に、自動ドアが開いて、八木頭取が現れた。
「おお・・ここに居たのか。・・・山下君、少しいいかな。」
八木頭取はそういうと、山下を外に連れ出した。八木頭取の後ろを歩く山下は何か憂鬱な表情だった。それを、ちょうど受付に現れた如月が見つけた。
「あれは・・八木頭取ですね・・・。」

八木頭取と山下は、会場の外階段の影で何か話しているようだった。ガラス張りになっている建物で、話し声は聞こえないが二人の様子は見えた。
八木頭取は、にこやかな表情で何度か山下の肩を叩き話している。山下は背を丸め、何度も何度も頭を下げている。時々、首を横に振っている様子にも見えた。
「何か・・トラブルかな?」
如月は独り言を呟いた。
そのうちに、八木頭取は、山下の耳元で何かを囁いたようだった。そして、くるりと背を向けてその場を立ち去った。山下はがっくりと肩を落としてしばらく動かなかった。
如月は山下の様子が気になって、すぐに、山下の下へ行った。
「どうした?さっきのは八木頭取だろう?・・クルーザーの件で何か問題でもあるのか?」
如月の問いかけに、山下は、
「いや・・・何でもない。大丈夫だ。・・クルーザーの件とは関係ない。」
そう言うと、ドックの方へ逃げるように走り去った。
「なんだい、変な奴だな・・・。」
如月は、すぐに会場に戻ってきた。
そこへ伊藤が血相を変えてやってきた。
「如月さん、手土産のグラスセットはまだ在庫はあるようです。でも、明日納品は無理だというんです。・・配送の手配が出来ないらしくて・・・。」
「じゃあ、取りに行けばいいでしょう。」
「しかし・・・今から出ても、明日朝までに戻れるかどうか・・・それに私はまだ会場の準備もありますし・・他の者も手が空いているのは居ないんです。」
伊藤はもはやパニックになっているようだった。
「判りました。じゃあ、僕が取りに行きましょう。・・・進水式までには間に合うでしょう。」
如月は決断が早い。すぐに、業者の住所を聞き、出発した。



「じゃあ・・・事故の前日には、如月さんは居なかったんですね。」
純一は、里美に確認するように聞いた。
「ええ、午後2時ごろだったかしら・・・。見送りましたから・・・。」
「戻ってきたのは?」
「翌日、進水式が始まる直前でした。新潟のメーカーだったから、ほとんど一睡もしていないくらいじゃないでしょうか?」
里美が言うと、敬二郎ががっかりしたように言った。
「おいおい・・じゃあ、あいつの姿が見えなかったのは、俺達の落ち度をカバーする為だったのか・・知らなかったなあ。・・・如月は事故の細工を出発前にやっていた・・・と言う事はなさそうだな・・・。」

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