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3-3 帰郷 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-3 帰郷
純一は、体力が回復しようやく歩けるようになった事で、一度、鮫島運送へ戻る事にした。
本社へ立ち寄ると、如月社長や敬二郎副社長が玄関前で待っていた。敬一郎会長の手紙の件もすでに知らされていて、正統な後継者である事は皆が認めるところとなっていた。
「しばらく、故郷へ戻ります。鮫島の親父にもきちんと挨拶をしておかないといけませんから。」
「お戻りになられますよね?」
敬二郎が神妙な面持ちで訊くと、
「ええ・・・戻ってきますよ。ここも、私の家族ですから・・・。」
玄関では、大勢の社員が見送りに出ていた。
マリン事業部のあるマリーナからクルーザーで故郷へ向う事にした。マリン事業部には洋一やミカが居た。厳しいスタートだったが近頃では注文も入るようになり、少し明るい兆しもみえ始めていた。
「私がお送りできれば良いんですが・・・。」
洋一が桟橋で純一に言った。
「いえ・・今が踏ん張りどころです。戻ってくる頃にはもっと良い笑顔を見せてください。」
「はい・・・クルーザーには、健二という者を就けました。操縦も上手いですし、メンテナンスの腕も私が教え込みました。ミサさんとともに秘書として遣ってやってください。」
「ありがとう。」
「会長、お帰りをお待ちしています。」
洋一の脇でミカも見送った。クルーザーが港を離れる時、港の灯台先に、大勢の人が並んでいた。先頭に、伊藤部長が立って大きく手を振っている。横には敬子の姿も見えた。

クルーザーは滑るように走っていく。
クルーザーの中で、純一はこれまでの日々を思い返していた。鮫島運送を出てから、もう2年近くが経っている。配達の仕事で何となく毎日を過ごしていた頃が遠い昔のように思えた。
「もうすぐ港に到着します。」
操縦席から健二の若い声が船内に響いた。
港からは健二の運転する黒い大型のリムジン車で、真っ直ぐ鮫島運送へ向かった。町並みは変わっていなかった。

鮫島運送の事務所のドアを開くと、昔同様に、社長は古びたソファにふんぞり返るように座って新聞を読んでいた。奥さんは事務机で伝票仕事をしていた。
「ただいま。」
純一の声に、社長は、新聞に目を落としながら、
「おう、ご苦労!」
といつものように答えた。
奥さんも、ちらっと顔を上げると、そのまま奥へ入りお茶の準備をし始めた。
久しぶりの帰郷にもかかわらず、全く以前と同じ迎えられ方をして少し純一は戸惑っていた。いや、もっとも戸惑ったのは付添で来たミサだった。
「あの・・・純一会長がお戻りになられたんですけど・・・。」
ミサが怪訝そうな声で言うと、事務所の奥でガラガラと何か転がり落ちた音がして、奥さんが慌てて飛び出してきた。鮫島社長も突然立ち上がって、「純一!」と叫んだ。
「戻るなら連絡してよね!何だか、配達帰りみたいな挨拶をするんだから・・・・。」
奥さんは目に涙を浮かべて純一の帰りを喜んでいる。
「さあ・・座れ・・・小汚いところだが・・良いだろう・・まあ、座れ!」
社長は新聞をぐしゃぐしゃと丸めてぽいっと投げると、ソファを開けた。
「社長、気を使わないでくださいよ。」
「だってよ・・・お前、上総CSの会長になったんだろ?会長様が座るには申し訳ないじゃないか!」
「いいんですよ。ここに帰れば、僕も鮫島運送の運転手なんですから・・・ですよね。」
「ああ・・そうだったな・・・。しかし・・・。」
奥さんはお茶を運んで来た。
「粗茶でございます。」
妙な口ぶりでお茶を差し出した。
ミホの事や上総での出来事は、すでに如月が手紙で詳細に知らせていたが、鮫島社長も奥さんも、ミホの事を口にする事を憚ってなかなか上手く会話にならない。
「社長、またここで働かせてもらっていいんですよね?」
純一が訊いた。
「ここで働くって?・・・馬鹿いえ!上総CSの会長をここで使うわけにはいかねえぞ。」
「ここを出る時、約束したじゃないですか・・・。」
「いや、あれは、相続の仕事を終えて、上総CSからそのまま戻ってくるっていう前提で言った・・・。」
「ここで働かせてください。」
「いや駄目だ。」
そのやり取りを聞いてミサが言った。
「会長、その御身体では無理でしょう。こちらにもご迷惑をおかけすることになります。きちんと働けるようになってからにしてください。」
それを聞いて、社長がボソッと言った。
「そんな酷い事故だったのか?」
当然、そのことはミホの死にも触れることになる。ミサは純一の様子を伺うようにしながら、少し抑えた口調で話した。
「ええ・・・大きな研究室が粉々に吹き飛びましたから・・・会長もこうしておられるのも不思議なほどです。その中にミホさんも居られたわけですから・・・。」
純一も口を開いた。
「僕がいけないんです。彼女を連れて行かなければ・・・・いや、あの時、相続人の件を断っていればこんな事にはならなかったんです。」
「そう自分を責めるな・・・俺たちだって、上総会長への恩返しをしろなんて嗾けたんだからな・・・。」
社長が純一を慰めるように言った。
「そうよ・・・私たちもいけなかったのよね・・・。」
奥さんも呟いた。
「いえ・・・元々は、メビウスを止められなかった事が一番原因です。全て、運命でしょう。・・ミホさんは、会長がお元気になられることを何より願っておられたはずです。・・でなければ・・ミホさんも浮かばれません・・・。」
暫く沈黙が続いた。

そこへ、懐かしい顔が登場した。

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