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3-5 ご褒美 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-5 ご褒美
ミサは、通路の壁に掲示してある案内板のところへ走っていくと、指でなぞりながら、お目当ての店を探した。そして、くるりと向きを変えると、純一のところへ橋って戻ってきた。心なしか少しスキップをするような感じだった。それを見て、純一は、ミサが若い女性である事を確認しなおしていた。
「ありました。2階みたいです。さあ、行きましょう。」
ミサは純一の腕を取って、2階へ続くエスカレーターへ進んだ。ゆっくりとエスカレーターが昇って行くと、ショッピングモールの中央に伸びる通路が見下ろせた。たくさんの人が楽しそうに行き交っている。小さな子どもが風船を持って通路を走っている。若いカップルが体を抱き寄せるように歩いているのも見える。
「ありました、あれ、あれです。」
ミサが指差す先には、宝石店があった。ブロードスターという看板が見える。
「宝石?」
「ええ・・・女性には宝石をプレゼントしてもらうのが一番嬉しいんですよ。」
「へえ・・・。」
「へえって・・・会長はミホさんにプレゼントされなかったんですか?」
「いや・・・プレゼントはしなかったなあ・・・。」
「ミホさん、どう思っていたんでしょうね?」
そう言えば、ミホには必要最低限の生活用品や洋服は買ったが、プレゼントと呼べるものを渡した記憶が無かった。いや、ミホはそういうものを欲しがらなかった。
ここで初めて買い物をしたときも、一つ一つ、値札を見ては、より安いほうを選ぼうとしていた。記憶を無くし、純一の世話にならざるを得ない状況で贅沢なものなど要求できないと決めていたのだろう。心が通じてからも、質素な暮らしを望んでいたように思った。

明るいショーケースの前には、高そうな制服を身に纏い、姿勢を正した女性が、微かな微笑を浮かべて立っている。
ミサはショーケースを覗き込み、品定めを始めた。
店員の女性は、微笑を浮かべて、軽く会釈をしながら「いらっしゃいませ」と上品に迎えてくれた。しかし、その目は、二人を見比べ様子を伺っているのが純一には判った。二人の関係や財布の中身、冷やかしかどうか、時々店員の視線は強くなっているように思えた。
「あの・・これ、見せてもらえませんか?」
ミサが言うと、店員は、「こちらですか?」ともう一度確認するように指差した。
「ええ・・・これ。」
店員は、ちらりと純一を見たあとで、ポケットから鍵を取り出してショーケースを開けた。
ミサが指定したのは、Mの文字をデザインした形のペンダントだった。
「こちらは、専属のジュエリーデザイナーが作ったものです。ダイヤを散りばめ、大粒のルビー、サファイヤ等でかなり貴重な品でございます。」
店員の口ぶりはどこか売り物ではないとでも言いたげだった。
ミサが食い入るように見つめている。どうやら、デザインだけでなく値札を探しているようだった。
「あの・・・これ・・おいくらぐらいするんですか?」
店員は、一つ咳払いをして、ペンダントの置かれていた台を取り出して見せた。
ゼロが5つ並んでいた。
「えっ・・・そんなに!・・・」
店員とミサのやり取りをショーケースを挟んだ反対側で見ていた純一は、ミサが戸惑った様子をしているのに気づいて、近寄っていった。
「どうしたんだ?気に入ったのはあったのかい?」
ミサが一艘戸惑った様子で、何も言わず純一を見ている。
店員は純一に少し挑戦的な言い方をした。
「こちらが御気に召されたようですが・・・少々お値段が・・・。」
純一は値札を見た。確かに、ちょっとした買い物ではない額であった。
「すみません、会長。もっと別のものを選びますから・・・。」
ミサが恐縮した表情で言った。店員も、納得したような表情を浮かべている。純一は少しその様子に悔しさを感じた。
「いや、これを戴きます。・・・ミサさんにはこれまでずっと苦労を掛けてきたんだ。ご褒美というならこれくらいがちょうどいいだろう。」
「いえ・・そんな・・・本当にすみません・・・分不相応なものですから・・・もっと他のを・・・。」
「いや、良いんだ。さあ、これで・・・。」
純一は、ポケットからカードケースを取り出し、持っていたプラチナカードを取り出して店員に預けた。店員は少し戸惑いながらも「少々お待ち下さい」と深く頭を下げ、ペンダントとカードを持って奥へ入って行った。
「会長・・すみません・・そんなつもりじゃなかったんです。」
恐縮した表情でミサが言うと、純一はにやりとして言った。
「いや・・先ほどの店員、どうにも僕達の足元を見ているように感じてね。一度、お金持ちらしい事もしてみたかったんだ。何だかすっきりしたよ。・・・ああ・・如月君に連絡を入れといてください。そのうち、高額な請求書が届くだろうが、びっくりしないでくれとね。ちゃんと理由のある買い物だからと。」
少し待っていると、奥から先ほどの店員と店長らしい年配の女性が、少々オーバーアクション気味に頭を下げながら、溢れんばかりの笑顔で現れた。
「小林様、お買い上げありがとうございました。」
カードと請求書を提示しながら、そう言った。純一はさっとサインをして返した。
「あの・・・こちらには初めてお越しでしょうか?」
「いえ・・以前に一度・・でも何も買いませんでしたが・・・。」
「そうですか・・・あの・・差し支えなければ、御名刺をいたfだけませんか?私どものお店のVIP会員にご登録させていただきたいと存じますので・・・。」
先ほどまでの態度とは随分と違っている。ミサがそっと純一の名刺を取り出して渡した。
「あの・・・VIP会員様にはいくらかのプレゼントをさせていただいております。少々お待ち下さい。今ご用意しておりますので・・・。」
店長の言葉に、先ほどの店員は名刺を受け取って奥へ入って行った。
そこへ、須藤が現れた。
「ここでしたか・・少し早く上がらせてもらったんです。・・何かお買い物でしたか?」
「いえ・・もう済みました。・・ああ、ミサさん、先に行ってますから・・・。」
ミサは頷き、二人を見送った。
二人の姿が消えると、ミサが店長に何か告げた。

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