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3-8 面会 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-8 面会
翌朝、アパートの前には大型のキャンピングカーが止まっていた。
「この車は?」
「昨日の方への面会のアポが取れました。・・ただ、その方は、琵琶湖の傍にお住まいという事でしたので、ちょっと長旅になりますから、会長がお疲れになってもすぐにお休みいただけるように用意したんです。」
キャンピングカーのスライドドアを開いて、健二が少し得意そうに言った。
「ありがとう。」
純一はミサに体を支えられるようにして、キャンピングカーに乗り込んだ。
中は総革張りのキャプテンシートとソファーシート、そしてキッチン、ベッドもあって,かなり豪華なつくりだった。
「これなら快適に過ごせそうだ。」
すぐにキャンピングカーは出発した。高速道路のインターチェンジから、東名・名神を西へ走った。
純一はキャプテンシートに座り、窓の外の流れる景色をぼんやりと見ていた。
「昨日、すぐに連絡を取りました。施設長だったという方は、遠藤ハナさんで相当ご高齢のようです。娘の志乃さんもすでに定年され、今は、ハナさんが体調を崩され、琵琶湖の畔にある療養所にいらしています。・・志乃さんの話では、近頃は意識も途切れがちで満足にお話できるかと心配なさっていました。」
助手席にいたミサが席を立ち、キャプテンシートに座っている純一の傍に来て言った。
「そうですか・・・。」
「会長、何かお飲みになりますか?」
「ああ・・ジュースはあるかい?」
キッチンのしたの冷蔵庫を開くと、たくさんの飲料が並んでいた。ミサは野菜ジュースを取り出し、コップに注ぐと純一に差しだした。
「お体に良いジュースですから・・。」
純一は少し苦手なジュースだったが、受け取り、一口飲んでからすぐにコップを置いた。
「ミサさん、そこに座って、ミホと同じ施設にいた頃の様子を少し聞かせてください。」
「ええ・・・」
ミサは純一の隣のシートに座った。
「ミホさんが私たちのいる施設に来た時は、小学校5年になる春でした。・・ランドセルと大きなバッグを持って、とても悲しそうな表情で、みんなの前に立っていたのを覚えています。・・ほとんど話をしない子でした。いつも部屋の隅で本を読んでいました。・・・心の病気だったとは知らされていませんでしたから、私やミカさんは普通に接していました。ただ、施設にいた頃にはミホさんの笑顔を見たことはありませんでした。」
「どんな病を抱えていたんだろう?」
「さあ・・・そう言えば、施設に来たしばらくして、・・そうそう6月ころだったか、大雨の日に、ミホさんが突然、施設から飛び出したことがあるんです。」
「逃げ出したのかい?」
「いえ・・・雨が降るとミホさんはじっと窓際に立って外を見ているんです。・・まるで誰かを待っているかのように・・・・その日も朝から雨で、窓の外をじっと見ていました。・・そこへ、大きな黒いこうもり傘をさした男の人が門から入ってきたんです。ミホさんはその人を見つけて、裸足で外へ駆け出しました。」
「迎えに来るような人が?」
「いえ・・その人は、如月さんでした。施設を出て、近くにアパートを借りて住んでいて、時々、私たちに勉強を教えてくれていたんです。・・・ぼんやりと見えた如月さんの姿が・・誰かと重なったようで・・・確かなことはわかりませんが・・・ミカさんが傍にいて、ミホさんは『お兄ちゃん』って叫んだらしいんです・・・。」
「お兄ちゃん?・・・ミホに兄弟がいたのかい?」
「いえ・・・いないはずです。・・・。」
「如月さんもびっくりしただろう?」
「ええ・・・でもその日以来、如月さんは何かとミホさんの面倒を見るようになりました。ミホさんも勉強が好きだったようで、如月さんに随分勉強を教わっていました。」
純一の心の中に少しだけ嫉妬心が湧いていた。
「それで・・・上総CSに入ってからも、ミホのことを守っていたということなんだね。」
「ええ・・・ひょっとしたら、如月さんは英一社長以上に、ミホさんのことを愛されていたのかもしれません。・・・表情には出されませんが・・・・きっと、今でも随分お辛いはずです。」
ミサは自分の言葉の意味に少し気持ちが回っていなかった。
「すみません・・・社長にこんなことをお話しても・・・。」
慌ててミサが言葉を加えた。
「いいんだ・・・。」
純一はそう答えて窓の外を見た。
ミサの話を聞きながら、ミホがいかに多くの人に愛されていたのかを改めて教えられ、悲しみに沈んでいるのは自分だけじゃないと感じていた。
「ほかに何か・・思い出すことは?」
ミサは純一の問いに、車の窓の外へ視線をやり、少し遠くの景色を見ながら思い出そうとした。
「いつも、物静かで・・人前に出ることもなかったですし・・・・上総に入ってからは人が変わったように明るくなって、教えられることは誰よりも早くマスターするし、運動神経も抜群だったし、不可能なことなどないんじゃないかって思えるほど完璧な女性に変身しました。」
「上総に入ってからはもう雨の日に誰かを待っているようなこともなくなったのだろうか?」
「いえ・・・それとははっきりしませんが・・・・雨が降ると、ミホさんは随分沈んでいました。・・・・部屋のカーテンを締め切って真っ暗にしているようなこともありましたから・・・心の中では、『お兄ちゃん』を待っていたんじゃないでしょうか?でも、もう迎えに来てくれないんだって決めていたんじゃないかって思います。」
「そうか・・・施設にいれば迎えに来てくれるかもしれないが・・・・」
「おそらく・・・そうした弱い自分を打ち消すように、無理に明るくしていたんじゃないかって・・今ではそんなふうにも思えます・・・。」
「ミホは一体誰を待っていたんだろう?」
「さあ・・・。」

「もうすぐ、彦根インターです。あと30分ほどで着きます。」
運転席から健二が告げた。
目指す療養所は、湖岸沿いの松原の中にひっそりと建っていた。

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