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3-11 思い出の地 [スパイラル第3部 スパイラル]

3-11 思い出の地
ミサは、腕組みをしてその絵本の名を思い出そうとしていた。
「・・・おいて・・いかないで・・・という絵本か?」
純一が呟くように言った。
「え?・・・ええ・・・そう・・そうです。」
ミサの答えに、純一は涙を零した。
「会長・・・少しお休み下さい。お疲れが出たようです。」
ミサが傍らで静かに言った。
「ああ・・・」
ゆっくりとキャンピングカーが動き始めた。

夕暮れの中、キャンピングカーは東へ向かった。
途中のサービスエリアに立ち寄って、ミサは外に出て如月に電話を掛けた。

「如月さん・・・もう会長のご様子を見るに忍びないのです・・・。」
「そうか・・・」
如月は、本社の社長室の窓辺に立っていた。
「これからどうすれば良いのでしょう・・・。」
如月は、ミサの問いかけにすぐには答えられなかった。
「ずっとずっと・・ミホさんが待ち続けていた方だったのです・・・このまま悲しみを抱えて生きていかれるのはもう・・耐えられません・・・。」
ミサは泣いていた。
如月は、窓の外を見た。月明かりにぼんやりと、浮かぶ島影が見えている。
「判った・・・・ミサさん・・・会長をお連れして下さい。」
如月はそう言うと電話を切った。
そして、再び、窓の外に視線を遣り、小さく呟いた。
「もう・・いいだろう・・ミホ・・・。」

純一を乗せたキャンピングカーは東へ向かって走った。途中、休憩を取りながら、明け方には、浜名湖が見えるあたりに到着した。

三ケ日インターを降りると、湖岸沿いに道を取った。狭い道路は右左にカーブしている。
純一はようやく目を覚ました。
「お加減は如何ですか?」
ミサが、野菜ジュースを手にベッドの脇に来た。
純一は半身を起こし、窓の外を見た。
「ここは?」
「浜名湖です・・・。」
「浜名湖?」
「ええ・・・実は、会長をお連れしたいところがあるんです。」
純一は車窓から外の様子を見た。懐かしい風景だった。
純一が過ごした・・いや、純一がミホの出逢った施設が近くにあった。
「どこに?」
「ええ・・・最近、我が社で新しいマリン事業部の拠点を整備していました。」
「新しい拠点?」
「ええ、かなり以前に閉鎖されていたマリーナがありまして、周囲の施設も購入して、マリン事業とアミューズメント事業と・・それに、文化事業の全てを展開する上総CSの新しい拠点なんです。如月さんが進めてこられました。まだ・・途中ですが、是非、会長にもご覧いただきたいと連絡がありました。」
「そうか・・・・だが・・・ここらは確か・・・・・。」
窓の外の風景を見ながら、純一は思い出していた。
この先には、確か、15歳まで過ごした施設があったはずだ。
湖岸道路からさらに狭い道を入っていく。
湖に突き出すような格好で低い山がある。そこへ向かう途中は、古い民家が立ち並んでいる。
その狭い道をゆっくりとキャンピングカーは進んでいく。
「ちょっと停めてくれないか。」
純一は、集落を抜けたところで車を停めた。さっと着替え、外に出た。
通りを見渡しながら、純一は古い記憶を辿った。
幼い頃、毎日学校へ向かった道だった。間違いない。その頃には随分広く感じた道だったが、今こうしてみると、車一台が精一杯の狭さだ。学校の方角をじっと見つめた後、くるりと振り返る。
そう、あの山の麓に、「児童養護施設あけぼのの里」があった。古い木造の建物だった。狭い園庭と一段上がったところにあった2階建ての宿舎、そして渡り廊下でつながった食堂と職員棟。記憶の深くに埋もれていた風景が浮かんでくる。
幸せだったという感覚は無かった。だが、ここにしか自分の居場所が無かった。家族という感覚は無かった。だが、そこにしか居場所がない。幼いながらもどこか諦めているようなそんな毎日だった。
おそらく、施設長も職員も、随分大事にしてくれていたはずだった。だが、それがどういう事なのか考える事がなかった。自ら望んでそこに居たわけでもなかったし、それ以外には何も感じなかった。
そんなところに、あの少女、ミホが来た。自分よりももっと深い悲しみを湛えた瞳をしているように感じた。明日にも消えてしまいそうな儚げな命のように感じた。
そして、ここに全ての始まりがあったのだと知った今、再び、ミホを失った悲しみがこみ上げてきた。
「済まない・・・もう行こう。」
昔の思い出を振り切るように、純一は車に乗り込んだ。
純一とミホが居た、「児童養護施設あけぼのの里」はすでに閉鎖去れ、取り壊されていた。更地になった場所を純一はちらりと見た。更地の真ん中に「上総CS」の看板が立っていた。
「あそこは・・。」
「ええ・・・如月さんの計画では、宿泊施設を作ってはどうかと・・まだ、白紙のようです。」
「そうですか・・・。」
純一の反応をミサは判っていたかのように答えた。

ゆっくりとキャンピングカーは山道に入っていく。切通しの道を抜けると、マリーナが見えた。ミサが話したとおり、半分くらいの場所で工事が進んでいたが、あらかたの建物は出来ている。
マリーナの先には、砂浜が広がっている。

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