SSブログ

3.サチエとユキエ [命の樹]


サチエとユキエは姉妹だった。
半年ほど前に、哲夫は偶然、神社の入り口で姉妹と出会った。

晩秋の夕暮れ、哲夫は買い物を終えて店に戻るところだった。
いつもなら、鳥居をくぐってすぐに右の石段を店の方へ登っていくのだが、その日に限って、何か、神社へお参りしなければならないように思えて、足を向けた。
柏手を打ち、拝礼をして手を合わせていると、どこからか、しくしくと小さな泣き声が聞こえてきた。神社の森は深く薄暗い、さらに日暮れ近くなり、闇が近づいてきている時間帯だった。哲夫は恐るおそる、泣き声のする神社の裏手に回ってみた。
そこには、幼い姉妹が身を寄せるように座っていた。
「どうしたんだい、こんなところで?」
哲夫の声に、姉妹は驚いたように身を縮めた。そして、捨てられた猫のような眼で哲夫を睨み付けた。
「寒くないかい?」
哲夫の問いかけに、姉の方が首を横に振る。
「もう暗くなってきたから・・家まで送ってあげよう。」
そう言うと、再び首を横に振り、妹を強く抱きしめ頑なに拒む気配を見せた。
そこに、与志さんが現れた。
畑仕事を終え、自宅に戻る途中、哲夫の声を聞きつけたのだった。
「おや・・どうしたんだい?」
与志さんはそう言うと、哲夫を見た。哲夫の困った表情と小さく固まるように座る幼子の姿に大体のことを察した。
与志さんは、幼い二人に近づいて、優しく二人の手を取った。
「もうこんなに冷たくなってるじゃないか。お腹も空いてるんじゃないのかい?さあさあ、婆ばと一緒に行こう。」
そう言って二人を抱きしめた。そこに、加奈も仕事を終えて戻ってきた。
二人は、与志さんと加奈に抱っこされて、【命の樹】に連れていかれた。
もうすっかり外は暗くなってしまった。
窓辺の席に二人を座らせると、加奈が温かいミルクとパンを二人の前に差し出した。
「さあ、どうぞ。あったまるわよ。パンも食べてね。」
妹の方はいったん手を出しかけたが、姉に手を引っ張られてすぐに手を引っ込めた。
「良いのよ、遠慮なんかしないで。さあ・・・」
与志さんも二人の前に座って、同じように差し出されたミルクを飲んだ。
「ああ。旨いねえ。温かい。さあ、お食べ。良いんだよ、さあ。」
その様子に我慢できなくなったのか、妹がミルクを飲んだ。そして、パンを手にして口に入れた。
「おいしい・・・お姉ちゃん、おいしいよ。」
姉の方も、妹の様子を見て、我慢の限界に達して、ついにミルクを口にした。そして、ぽろぽろと涙をこぼした。今まで溜めてきた何かが一気に噴き出したようだった。
哲夫は、駐在所に電話をかけていた。幼い姉妹、きっと、親も心配しているに違いない。
すぐに二人の身元は分かった。
町の入り口近くにある古いアパートに住んでいる、サチエとユキエの姉妹だった。
以前にも何度か二人がアパートの外で泣いているのを近所の人に保護されていたのだった。
アパートには母親と三人で暮らしているのだが、元夫が、時々、ふらっと現れては、金をせびりに来るのだった。現れるときにはたいてい、酒を飲んでいて、アパートの外で大声を出したり、そこらのものを壊したりする。それを止めようと中に入れると、暴力をふるう、それが怖くて部屋から逃げて隠れていたのだった。

警察からの連絡を受けて、母親が【命の樹】にやってきたのは、夜10時を回ったころだった。
まだ20代前半くらいの若い母親だった。
目を真っ赤に泣きはらした様子で、口元には切れた痕と青あざも見える。明らかに暴力を受けているのが判った。母親は、店の前で何度も何度も頭を下げた。
「まあ・・いいから・・中へどうぞ。」
哲夫はそういうと母親を店の中へ入れ、椅子に座らせた。
「少し、落ち着きましょう。」
加奈がホットミルクを作って持ってきた。
「さあどうぞ。」
母親の名は、飯田郁子といった。
警察から聞いた話の真偽を確かめると、郁子はあっさりと認めた。
「みんな・・私が悪いんです・・・。あの子たちに怖い思いをさせてしまって、母親失格なんです・・・」
そう言って泣き始めた。
「そうじゃないだろ!みんな、元旦那のせいだろう!」
郁子の話を聞いていた、与志さんが腹立たしそうに言った。
ふと見ると、サチエもユキエもうつらうつらと眠そうな様子だった。
「今夜は、もう遅いし、ウチで寝かせてあげましょう。・・郁子さんも一緒にどう?」
「でも・・ご迷惑ばかりおかけしてしまって・・申し訳ないです・・・。」
「良いのよ。部屋は空いているし・・アパートに戻るのも大変でしょう?」
その日は、親子三人、2階の部屋に布団を並べて休ませる事にした。

哲夫と加奈は、ベランダのロッキングチェアに座り、コーヒーを飲みながら夜空を見上げていた。
「郁子さんって、まだ25歳なんだって。」
「ええ?じゃあ、うちの娘より若いんだ。」
「そうなのよ。」
「それで、二人の子どもを育ててるんじゃ大変だな。」
「そうよね。その上に・・。」
「ああ、たちの悪い元夫が付きまとってるなんて・・・何とかなんないのかね?」
「そうね・・悪縁を切るのは簡単じゃないのよね・・・。」
「何とかならないのかなあ・・。」

nice!(5)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0