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4.サチエとユキエ② [命の樹]

4 サチエとユキエ2
翌朝、三人が起きた時にはすでに朝食の支度は済んでいた。
「さあ、どうぞ。」
加奈は、窓際のいつもの自分の席に座って、三人を招いた。
「ごめんね。いつも、朝はサンドイッチなの。哲夫さんが朝食を用意しているのよ。」
哲夫は、サチエとユキエには小ぶりなサンドイッチを用意していた。はちみつとバター、ブルーベリーのジャムサンド、それとエッグサンドだった。
「お母さん、おいしいよ。」
妹のユキエが、口いっぱいにサンドイッチを頬張って、無邪気に言った。
「うん。おいしい。」
姉のサチエも一口食べて言った。
「ありがとう。そう言ってくれるとうれしいよ。」
郁子も、目の前のサンドイッチを口にした。
「本当・・美味しいね・・。」
そう言いながら涙ぐんでいた。
「サチエちゃん、ユキエちゃん、いつでも遊びにおいで。おいしいパン作って、待ってるから。」
哲夫は二人の頭を撫で乍ら言った。
親子三人は、朝食を終え、何度も頭を下げて、店を出て言った。

それから一月ほどが経った時だった。
夕食を終えて、片づけをしていると、店の玄関をどんどんと叩く音がした。誰だろうと哲夫がドアを開けると、必死な表情をしたサチエが立っていた。裸足だった。
「どうしたんだい?」
サチエはがたがたと震えている。
「お母さんが・・・お母さんが・・・。」
サチエはそういうと哲夫に縋り付いた。二階から降りてきた、加奈がその様子を見て、ただ事ではないと直感して言った。
「哲夫さん、すぐに警察には連絡して!私、アパートに行ってみるから。」
そう言って、加奈が店を飛び出していった。

加奈がアパートに着くと、部屋からユキエの叫ぶような泣き声が聞こえた。ドアを開けると、ユキエは、横たわった母親の傍らに座って泣いている。
「ユキエちゃん、大丈夫よ。」
加奈はすぐにユキエを抱きしめた。そして、横たわった郁子の様子を見た。
「郁子さん!大丈夫?」
反応がない。明かりをつけると、床には真っ赤な血が広がっている。
駐在所から警官が駆けつけてきた。
「救急車を!救急車を呼んでください!」
すぐに救急車が到着して、郁子を搬送した。

元夫がいつものように金をせびりに来て、断った郁子に逆上して、包丁で刺したのだった。すぐに、元夫は港近くで発見され、逮捕された。
幸い、郁子の傷は致命傷ではなく、1か月ほどの入院治療で済んだ。

「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません・・・。」
郁子は病室のベッドの上で泣いていた。
「しばらく、二人はうちで預かるからね。大丈夫、二人とも聞き分けのいい良い子だし、哲夫さんも可愛い娘を相手にできて幸せそうだし・・・だから、あなたは、何も心配しなくていいの。それより、早く怪我を治して、あの子たちに元気な姿を見せてちょうだい。」
病室で、加奈は郁子を前に笑顔で言った。
それから、郁子が退院するまでの間、サチエとユキエは【命の樹】で暮らすことになった。
サチエは、朝早く起きて、哲夫がパンを焼くのを手伝うのが気に入っていた。
パン生地をこねて成型し、焼きあがったパンを食べるのがこの上なく好きになっていた。ブドウパン、くるみパン、かぼちゃパン、チョコパン、どれも大好物になっていた。
ユキエは、加奈が毎晩絵本を読んでくれるのが大好きだった。それと、加奈と一緒にお風呂に入って髪を洗ってもらうのが何より好きだった。
哲夫は、何十年ぶりかに小さな娘ができたようで、サチエとユキエのやることの一つ一つが愛おしくてたまらなかった。加奈にしても、同様であった。
二人とも、毎日、笑顔で暮らした。しかし、夕方になると、パン焼き窯のある場所に二人はこっそりとやってきて、町の様子を眺めるのだった。その視線の先には、郁子が入院している病院があった。

1か月して郁子が退院した。しかし、まだ普通には動けず、親子三人で、もう一月ほど【命の樹】で暮らすことになった。

哲夫は、ベランダのロッキングチェアでコーヒーを飲みながら言った。
「二人を自分の娘のように思ってきたけど・・よく考えると違うね。」
「え?そりゃそうでしょ?本当の娘じゃないんだから・・・・。」
「いや・・そういう意味じゃないんだ。」
「どういうこと?」
「郁子さんが来てみて判ったんだ。ほら、郁子さんはうちの娘と同世代だろ?」
哲夫の言葉に、加奈もどういうことか判って、少しがっかりしたような表情をした。
「そうね・・・娘じゃなくて・・・」
「そうさ・・孫だろ?・・ね、加奈おばあちゃん。」
「嫌だわ・・おばあちゃん・・ああ、がっかり・・・。」
「でも、楽しかったねえ、ここ数か月は。」
「ええ・・とっても。あの子たちも早く結婚してくれないかしらね。」
加奈は、壁にかかった家族写真を見て呟いた。

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