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14 薔薇の庭 [命の樹]


話は、哲夫の診察の日に戻る。

哲夫が診察室を出ると、加奈が「どうだった?」と訊ねた。
「大丈夫だってさ。」
哲夫は少し端折って伝えた。
「本当?」「ああ、本当さ。」「ほんとにほんと?」「しつこいな。」
二人はそんな会話を繰り返しながら病院を後にした。
「ちょっとドライブしないか?・・ちょっと行きたいところがあるんだ。」
車に乗りこむと哲夫が言った。
哲夫は以前から気になっていた、「薔薇の庭がある喫茶店」に行こうと言った。
「でも、もう薔薇の季節じゃないでしょう?」
「ああ・・そうなんだが・・薔薇を植えたら、どんなふうになるのかなって思ってさ。」
「どこにあるの?」
「奥山高原の途中・・これ、電話番号と住所。」
加奈はカーナビに電話番号を入力して、ルート検索をした。あまり遠いのは哲夫の体に障るかもしれなかったからだった。
「ふーん・・ここから30分くらいね。いいわ、行ってみましょう。」
加奈は車を走らせた。
街中を抜け、奥浜名へ向う。天竜川を一旦超えると暫く川沿いを走り、そこから山道を上っていく。カーナビでは高低差が判らなかったが、かなり山の上に上がっていく。7月に入って街中は時折30度を超える真夏の暑さだったが、少し上っただけで涼しさを感じるようになってきた。目指す喫茶店はかなり辺鄙なところにあった。

山間の東斜面を切り取ったような場所で、周囲はみかん畑が広がっている。道路際の駐車場に車を停め、看板の示すとおり石段を下りていくと、地中海の町の建物のような、淡いピンク色の石造りの建物が見えた。石段の途中にも小さなガーデンは設えてあり、薔薇が植えられている。少し花が残っているところもあった。下に着いて、ふと振り返ると、すり鉢上の底に建物があり、そこからは周囲全てに薔薇が植えられているのが判った。
「花が咲いていたら見事だろうな。」
哲夫はふと口にした。ほんの少し花が残っているせいか、ほんのり甘い香りが残っている。
庭には、薔薇が良く眺められるように、テラス席が5つほど設えられていた。
ピンク色の建物の中は、カウンターとキッチン、併設して薔薇のグッズが並べられたスペースになっていた。
キッチンには、エンジ色のメイド服に身を固めた女性が3人、静かに立っていた。それは、どこか中世の雰囲気を醸し出していて、まるで絵画を見る様でもあった。
加奈と哲夫は、まだ咲き残っている薔薇が間近に見える席に座った。
柔らかな甘い香りが漂っている。キッチンにいた女性の一人が、銀のトレイを右手に持って、静かに近づいてきた。
「いらっしゃいませ。」
上品な微笑みを浮かべ、ささやくように言うと、水の入ったグラスをテーブルに置き、小さなメニューを差し出した。加奈はメニューを受け取ると、しばらく考えてから言った。
「わたしは、この・・ローズヒップティとサンドイッチにするわ。あなたは?」
そう言って、哲夫にメニュー渡した。
「僕は・・コーヒーと・・・ピザもあるんだね・・じゃあ、ピザにしようかな。」
「かしこまりました。」
女性はそう言うと再び静かにキッチンへ戻って行った。
「薔薇が一面に咲いていれば見事だったろうね。」
「ええ・・・」
加奈は薔薇の様子よりも、女性の服装に興味深々の様子だった。
加奈はヒソヒソ話のように小さな声で言った。
「さっきの人さあ・・そんなに若くないわよね。きっとわたしたちと同じくらいじゃない?何だか、不思議な感じ・・というより・・コスプレ趣味かしらね?」
「まあ・な・・でも、悪くないよ。あれで、若い娘だったら、完全にメイド喫茶だけどね。」
「わたしにも着れるかな?」
「着たいのかい?」
「まさか!」
そこへ今度は別の女性が、注文の品を運んできた。
ローズヒップティはポットとカップで、コーヒーは大きめのカップに入っていた。
木皿にはサンドイッチと小さなサラダがついていた。
「申し訳ありません。ピザはもう少しお時間が掛かります。」
その女性は、先ほどの女性より、少し若かったが、顔立ちが良く似ていた。先ほどの女性同様、落ち着いた雰囲気だった。
「あの・・このお店はどれくらい前からやっているんですか?」
哲夫が女性に聞いた。
「・・3年ほど前からです。最初は姉だけでやっていたんですが、お客様が多くなったのでわたしたちも手伝っているんです。花が少なくなりましたから、あと1週間ほどで、秋までお休みになります。」
その女性の話で、姉妹で店を切り盛りしている事がわかった。
「たった3年でこれほどの薔薇が?」
「いえ、薔薇は、亡くなった父が、わたしたちが子どもの頃から育てていたんです。母が好きだったらしくて、母との思い出にと、植え始めたんです。今ではこんなに大きくなって・・。」
「お母様の思い出?」
加奈が訊いた。
「ええ・・母は妹が生まれてすぐに病気で亡くなりました。3人姉妹を抱えて、父も大変だったと思います。父は5年前に亡くなったんですが、姉がここを守りたいって言い出して、この店を始めたんです。薔薇の咲いている間だけはわたしたちも手伝う事にしています。薔薇の香りに包まれていると、父と母が傍にいてくれるようで幸せなんです。」


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