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15 思い出の薔薇 [命の樹]


加奈も3姉妹の末っ子だった。女性の話に、急に親近感を抱いたようで、
「良いですね。薔薇の香り・・お父様やお母様に包まれて姉妹で時間を共有するなんて。」
「ええ・・ここにいると時間を忘れてしまいそうです。」
「あの・・・その、メイド服は?」
「ああ、これは妹の言い出したことなんです。父の遺品を片付けている時、古い写真が出てきたんです。そこにはこんなメイド服を着た女性とスーツ姿の男性が写っていました。裏書に、初めての出会いと書かれていて、よく見ると、メイド服の女性は若い頃の母だったんです。何処かのカフェで知り合ったのか・・わかりませんが、同じような姿でこの庭に居れば、父も喜ぶんじゃないかって・・・もういい歳なので、抵抗はあったんですが、姉も気に入ってるようなので・・・。」
そんな会話をしていると注文のピザを下の妹が運んできた。
「マルゲリータです。全て手作りなんですよ。どうぞ、ごゆっくり、お過ごしください。」
そう言うと、静かにキッチンへ戻って行った。
「何だか、素敵なお話だったわね。」
加奈はサンドイッチを口に運びながら言った。
「ああ・・そう・・そうだな。」
哲夫は、何か別のことを考えているようで、ぼんやりと答えた。
「どうしたの?・・ピザ、美味しくなかった?」
「いや・・美味しかったよ。」
「じゃあ、何?・・何か気にかかることがあるの?」
「見事な薔薇園を作るって、やっぱり時間がかかるんだな。」
「そりゃあ、そうでしょ?」
「そうだな・・。」
哲夫は寂しそうな笑顔を返した。
残された時間を大事に使いたいと仕事を辞め、転居し、店を開いた。
だが、この先どうなるのか、加奈を一人残していくことも辛い、改めて、我が身の定めを恨めしく感じていたのだった。

「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
出迎えてくれた長女が二人のところへやってきた。
「ええ・・いただけますか?」
コーヒーをカップに注ぎながら、女性が遠慮がちに言った。
「薔薇はお好きですか?」
「ええ・・」
加奈が答えた。すると、長女が言った。
「もしよろしければ、バラの苗木をお持ちになりませんか?」
「苗木?」
今度は、哲夫が訊き返した。
「ええ・・ここの薔薇は今では珍しい品種らしいんです。もともと、薔薇は花を楽しむものか、香りを楽しむものかの品種に分かれるらしいんです。でも、父の育てた薔薇は、大輪の真っ赤なバラで香りが強いんです。」
「しかし・・」
「父は、亡くなる直前まで苗木を育てておりました。売るためにではありません。ひとりでも多くの方にこの花を知ってもらいたい、育ててもらいたいと願っていたんです。お庭がなくても、プランターでも立派に育ちます。是非、お持ち帰りください。」
「しかし・・上手に育てられるか・・。」
「大丈夫ですよ。最近の品種と違って丈夫ですから。きっと、そのうちに困るほどに大きくなるはずです。そんな時は思い切って剪定してください。棘もそれほど頑固じゃありませんし、剪定したほうが綺麗な花が着くみたいですから。」
それでもなお、哲夫は遠慮しようとしていた。自分が世を去った後のことを考えるとやはり決心できなかった。加奈はそんな哲夫の様子を見て言った。
「是非、いただきます。それほど丈夫なら、わたしにも面倒みれますよね?」
「ええ、きっと。わたしたちにだって出来るんですから。」
「ねえ、大丈夫よ。いただきましょう?ねえ。」
哲夫は、薔薇の苗木を2本受け取った。
「秋には、きっと花が付きますから」と喫茶店の長女は笑顔とともに手渡してくれた。
哲夫は自宅に戻ると、薔薇の苗木を抱えて、植え場所を探した。
玄関前、パン焼き釜の周囲、神社からの上がり口、うろうろしながら、薔薇が大きく育った時の風景を想像していた。
結局、店の南側のテラスの脇に植えることにした。日除け用に小さな屋根の支柱が薔薇を固定するにも、もってこいだった。
「どうだい、ここならソファからきっと花を眺める事が出来る。」
「そうね。右と左、2本が伸びてきて、真ん中あたりで一つになると良いわね。」
「ああ、きっと・・・」
哲夫はソファに座って、テラスを覆うほどに育ち、真っ赤な花と甘い香りが漂うバラの姿を想像した。そして、その風景をきっと自分は見ることはないのだろうと思うと、ふと涙が出そうになってしまい、口をつぐんだ。
加奈は、哲夫の様子に気づかぬふりをして、わざと楽しそうに言った。
「そうね・・きっとそうなるわ。素敵ね。」
そして、さらに続ける。
「ねえ・・薔薇だけじゃ寂しいわ、せっかくこんなに広いお庭があるんだもの、もっとお花を植えましょう。春には、チューリップ、夏はひまわり、秋はコスモス、冬は・・冬ってどんな花があるんだっけ?」
加奈が余りにも在り来たりな花の名前を並べるのが可笑しくなって哲夫が言った。
「冬は、水仙とか・・梅や蝋梅も良いよね。」
「水仙?水仙って夏じゃないの?」
「夏は百合の花だろう。」
「百合の花って秋でしょ?」
「まあ、いいさ。少しずつ花を増やそう。
花を育てる事は、その先の季節を考える事になる。あの花が咲く頃まではと、一日でも長く生きたいという希望が生まれるのではないか、加奈も哲夫も考えていた。

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