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17 海の家 [命の樹]

17 海の家
海の家が始まった。哲夫と加奈は前日にメニューを相談した。できるだけ手間かからず、運び込むにも楽なようにいろいろと考え、結局、サンドイッチは止めて、ホットドッグにした。それから、おやつ代わりになるような、小さなパンを持ち込むことにした。飲み物は、玉木屋の店主が揃えてくれた。
海の家は、崖に沿う形で作られていて、日蔭も多く、思ったよりも暑さは気にならなかった。海水浴客が休める板の間が広くとってあるのと、簡易シャワーと着替え室があった。哲夫たちの店は畳3畳ほどの大きさがあった。
初日には、集落の子供たちがこぞってやってきた。哲夫の店を見つけると、保育園の子供たちとその父母がやってきて、昼過ぎには、用意したものすべてが売り切れてしまった。
翌日の日曜日は、量を増やした。しかし、遠方からの来客もあったため、やはり午後の早い時間には売り切れてしまった。
3週目に入ると、来客の様子も大体掴めるようになって、品切れも少なくなっていた。
哲夫も慣れてきて、海水浴客の希望を聞いて、サンドイッチもアレンジする余裕も出てきていた。
「てっちゃん、大好評だよ!!おかげで、こっちも大繁盛さ!」
玉木屋の店主は、禿げ頭の汗を拭きながら、焼きそばを焼き、嬉しそうだった。
加奈も楽しんでいた。
「子どたちが小さい頃、海水浴にも行ったわね。」
「ああ、そうだったな。二人とも真っ黒に日焼けしていた。・・そうそう、どこかで、くろんぼ大会ってのをやっていて、見事、入賞したっけ。」
「そうそう。」
目の前を走り回る子供たちを見て、昔の事を思い出していた。
「体は大丈夫?」
加奈がふと気遣う言葉をかけた。
「ああ・・大丈夫。もっと疲れるかと思ったけど・・これなら、ひと夏続けられそうだよ。」
「そう・・無理しないでよ。」
「ああ、わかってる。」
そんな会話をしながら、そろそろ店じまいを始めた時だった。

「きゃあー!」
何か、悲鳴のような声が聞こえた。
目の前には砂浜が広がっているのだが、少し先には岩場があったたちの。悲鳴はその方角から聞こえたようだった。砂浜で遊んでいる人たちの歓声で、悲鳴のような声ははっきりしなかった。
哲夫は、店じまいの手を止めて、砂浜へ出てみた。
すると、今度は、
「誰か!誰か!助けて!」
とはっきりした声が聞き取れた。居合わせた海水浴客もこれには驚いて静かになった。すると岩場の方から今度は男の声で、
「救急車!救急車を呼んで下さい!」
と叫んでいるのが耳に入ってきた。
哲夫は、声の方へ走り出した。他にも数人が同じ方向に走った。
大きな岩の上に、若い男が立って、同じ言葉を叫んでいる。
哲夫が近づくと、その岩の下に、若い女性が座り込んで震えている。
「どうしたんですか!」
哲夫が言うと、その女性が震えながら指をさした。その先を見ると、岩と岩の間に挟まれるように、小さな子どもがうつ伏せになっている。身をよじってその子の側へ行きつくと、潮溜まりが真っ赤な血に染まっていた。哲夫は、その子を抱き起した。額から血が流れている。
「おい!しっかりしろ!」
揺り動かしたが反応がない。その様子を見ていた人の誰かが救急車を呼んだようだった。
「けいちゃん、けいちゃん・・・死なないで!」
指さした女性はその子どもの母親だった。ぶるぶると震えて動けないようだった。大岩の上から叫んだのは、この子の父親らしかった。
「おかあさん。しっかりして!」
哲夫の後を追ってきた加奈が、女性に声をかけた。
加奈は、その女性からバスタオルと奪うようにして取り上げ、哲夫に渡した。
「哲夫さん、しっかり傷口を押えて。」
哲夫はその子を抱えあげ、タオルを額に当てた。そして、そのまま抱きかかえて、海の家まで運んだ。
「救急車は時間が掛かるそうだって。」
通報した人が来て言った。
「ここへ来る途中の道で事故があって、渋滞しているらしい。」
「どれくらいで来るんでしょう?」
「さあ、とにかく、ここまでの道は一本しかない。迂回できないんじゃ、当分は無理だろう。」
母親はそれを聞いて半狂乱になって、父親に縋り付いてわめくように言った。
「死んじゃう!けいちゃんが・・けいちゃんが・・死んじゃう!」
父親は、なすすべなく、母親を抱きしめている。
「どうして、こんなことに?」
加奈が尋ねた。
父親は眉間に皺を寄せながら言った。
「潮溜まりで貝や魚を見ていたんです。僕が岩に上ってあたりを見ていたら、娘が真似をして、ちょっと大きな岩に上った時に、足を滑らせて、落ちたんです。」
岩といってもほんの数十センチほどの高さの岩だった。
傷の具合から見ても命に別条はなさそうだった。
母親は、「死んじゃう・・」と繰り返して泣き続けていた。
「大丈夫!こんなことで子どもは死なないわ!しっかりしなさい。母親でしょ!」
加奈がしかりつけるように母親に言った。
「しかし・・救急車が到着しないんじゃ、満足な手当もできない。出血だけでも止めないと。ここらか病院に運ぶとしても道路が渋滞なら一緒だな。」
哲夫は、子供の傷口を押えたまま、できるだけ冷静に言った。
「結ちゃんに連絡してみたらどうかしら?」
「だが・・ここへ来れるかどうか・・。」
「何かできることはないか尋ねてみましょう。」
加奈がすぐに携帯電話で、結に連絡した。

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