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11 哲夫の病気 [命の樹]


哲夫が50歳になったある日、会社帰りの駅の改札で急に気分が悪くなり、そのまま、その場に蹲った。それを、駅員が見つけ、救急車を呼んだ。
運ばれた病院には、結が勤務していて、その日は偶然当直をしていた。
救急車が到着した時、患者の顔を見て、結は驚いた。
「どうしたの!おじさん!しっかりして!・・御家族に連絡は?」
「いや・・まだ・・身元も調べていませんので・・。」
救急隊員の返答に、結はすぐにPHSを取り出して、加奈に連絡を取った。
治療室に運び込まれた時、哲夫の呼吸は弱く、血圧も急激に低下していた。結は看護師に指示してすぐに治療に当たった。
治療を終えた頃、ようやく、加奈が顔色をなくして現れた。
結が治療室から出てくると、加奈が待合室でうな垂れて長椅子に座っていた。
「加奈さん・・・。」
結が声を掛けると、加奈が駆け寄ってきた。
「哲夫さんは?・・いったいどうしたの?・・朝はなんとも無かったのに・・・。」
そう言うとぽろぽろと涙を零して泣き始めてしまった。
「大丈夫です。今は安定しています。・・・でも、詳しく検査してみないといけません。」
結の言葉に加奈が言った。
「検査?」
「ええ・・おそらく心臓か肺か、あるいは肝臓か・・・。」
「そんなに悪いの?」
「いや・・でも、こんな状態になるなんて・・深刻な状態を疑ってみないと・・すぐに入院手続きを取りましょう。少し長くなるかもしれません。」

翌朝、哲夫は病室のベッドの上で目が覚めた。加奈が、哲夫の手を握って座っていた。
「ここは?」
「市民病院よ。昨日、駅で倒れたの。それで救急車でここへ運ばれたのよ。」
加奈に言われて、少し記憶が戻ってきた。確かに、改札を出た時気分が悪くなって座り込んでしまったような記憶があった。
ドアがノックされて、白衣を着た結が入ってきた。
「どう?おじさん。」
結は、哲夫の体の具合を尋ねたのだが、哲夫は、
「いや・・りっぱな女医さんになったんだね。聴診器もかけて・・驚いたよ。」
と答えた。
「何言ってるの!調子はどうかって訊いてるんですよ。」
結は困った表情を浮かべて言った。
「ああ・・そうか・・・・いや、どうって言われても・・まだ・・・。」
結に訊かれて改めて自分の状態を考えてみた。全身がだるい、頭もぼんやりしている、だが痛い所はなさそうだった。
結はベッドの脇に立つと、ペンライトを取り出して、哲夫の瞼を広げて瞳孔の状態をチェックし、「さあ、胸を見せて」と言って、聴診器を当てて音を聞いた。最後に心電計をチェックして、心拍と血圧を確認した。
結いは一呼吸おいてから、じっと哲夫の顔を見て言った。
「おじさん、暫く入院です。詳しく検査をしておきましょう。重い病気だと困るから・・・。」
「いや・・だが・・どこも痛くないし・・ほら・・きっと疲れが出たんだろ?少し休めばいいくらいじゃないのかい?」
「昨日ここへ来た時の状態を見る限り、ただの疲労ではなさそうなんです。」
「一体、どんな病気が・・健康診断も受けてるし・・今までどこも悪くなかったんだ・・。」
「健康診断でわかる範囲なんて僅かなんですよ。これを機会にしっかり調べておきましょう。ねえ、加奈さん?」
結は哲夫が納得しそうも無いので加奈に援護を求めた。
「ええ・・そうしてちょうだい。・・哲夫さん、もう50歳なのよ。あちこち悪くなってるかもしれないじゃない。結ちゃんが言ってるんだから・・ね。」
加奈の言葉に哲夫はしぶしぶ承諾した。
精密検査が始まった。2週間ほどで結果が出た。
結は、検査結果を見て愕然とした。
哲夫の病気は、末期の肺癌だった。他への転移は無かったものの、小さな癌細胞が肺のあちこちに広がっていて、切除手術では取りきれず、抗がん剤治療も難しい状態だった。
結は、結果を哲夫にどう伝えればよいのか考えあぐねてしまい、加奈を呼び出した。
加奈は、結から結果を聞き、おいおいと泣いた。結も、加奈と一緒に泣いた。医師としての非力さと、親しい人であるがゆえの虚しさに胸が張り裂ける思いだった。結局、いくら二人で話し合っても、哲夫にどう伝えるべきか答えは出ないまま、検査結果を伝える日が来てしまった。
診察室には、加奈に連れられ、車椅子に座った哲夫が入ってきた。加奈の表情は固かった。
それを見て、哲夫は自分の病気が如何に深刻な事かを察した。
「結ちゃん・・・嘘偽り無く、結果を教えてくれるかい?」
結はすぐに返事ができなかった。
「加奈と結ちゃんの様子を見ていれば、自分の病気が深刻なのはすぐに判ったよ。それで・・いつまで生きていられるんだい?」
結は観念した。そして、できるだけ冷静に、そして丁寧に哲夫の病状を伝えた。
一通り、聞き終わると哲夫が大きな溜息をついたあとで、静かに言った。
「ありがとう、結ちゃん。きちんと話してくれて。加奈、本当にすまない。こんなことになってしまって・・」
哲夫はぐっと涙を堪えていた。
「おじさん・・ごめんなさい・・。」
「いや・・良いんだ、結ちゃんはちゃんと診てくれたんだ。仕方ないさ。こんなになるまで気づかなかった自分のせいだから・・良いんだよ。・・・さあ、加奈、家へ帰ろう。」

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