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21 ヘルメットの男 [命の樹]

21 ヘルメットの男
若い漁師が去ってから、いきなり、当たりが出始め、ハゼやコチの小さなものが結構釣れた。
その日は、煮魚が夕食のメニューとなった。
次の日、加奈が休みだったので、哲夫は加奈に頼んで、車で30分ほどのところにあるホームセンターへ連れて行ってもらった。哲夫も運転免許は持っているのだが、病気が判ってから、他人を事故に巻き込むかもしれないからと運転はやめたのだった。加奈も、哲夫と一緒に出かける事で安心できる。

哲夫はホームセンターへ着くと、野外設備の売り場へ行った。
「一体、何を買うの?」
「ああ・・これこれ。」
哲夫が手にしたのは、屋外用の回転灯だった。
「そんなもの、どうするの?お店の看板でも出すつもり?」
「いや、看板につけるんじゃないよ。これを屋根に付けるんだ。」
哲夫が何をやりたいのか、加奈にもすぐにわかった。
「それじゃ、小さいでしょ。もっと大きいのが良いわ。」
「そうかい?・・・」
うろうろしていると、店員がやってきた。事情を説明すると、店員が倉庫へ行き、大型のライトを持ってきた。
「これならかなり目立ちますよ。最新のLEDですから、簡単に壊れたりしませんし、電気もあまり使わないから便利ですよ。」
哲夫は、納得して、店員の持ってきた大型ライトと配線キット、それとちょっと高価だったがミニソーラーパネルと電池一式を購入した。
ホームセンターからの帰り道、加奈は憮然としていた。無駄使いに怒っているのではなかった。この後の仕事を考えていたのだった。一旦は同調したものの、やはり、それを自分で取り付けるなんて大変な作業だと思い当たったのだった。ただ、若い頃から、哲夫はいろんなものを器用に作る。マンションに住んでいた頃には、ドアやサッシを修理したし、トイレも自分で改装した。子どもの自転車などは簡単に修理した。
『親父から教わったんだよ。』
事あるごとに、哲夫は口にしたのだった。哲夫の父は、旋盤や電気配線、エンジン修理、溶接、いろんな資格を持っていて、なんでも器用にやってのける人だった。哲夫は幼い頃から父の傍で仕事を見ていて、自然に覚えたのだった。
自宅に戻ると、買ってきた物を一旦家まで運んだ。随分、重いものばかりだった。
「ねえ、これを屋根の上に取り付けるの?」
「ああ・・。」
「ねえ、誰かに手伝ってもらいましょう?あなた一人じゃ無理よ。また、体を壊すわ。」
かなの心配は、尤もな事だった。
「それに、ほら、天気も悪くなってきたし・・・。」
加奈の言うとおり、朝からはっきりしない天候だったが、昼を過ぎると随分雲が厚くなり、今にも雨が降り出しそうだった。
「そうだなあ・・。」
「ね、天気がよくなってからで良いじゃない。」
夕方から風雨が強くなってきた。台風ではなかったが、発達した低気圧のせいで、土砂降りの雨となった。哲夫たちがここへ来て初めて経験する豪雨だった。
「ちょっと、与志さんのところへ行ってみるよ。」
与志さんの家は、哲夫たちの家から畑を一つはさんだ、下の斜面に建っていた。一人暮らしで、家も古く、きっと不安に思っていると感じたのだった。
「気をつけてよ。」
「ああ、すぐだから大丈夫さ。」
パン焼き釜のある裏口から、畑を抜けてすぐのところだった。降り続く雨で足元はぬかるんでいる。懐中電灯を手に与志さんの家に着くと、与志さんは居間に一人でいた。
「与志さん、大丈夫?どこか雨漏りとかしていない?」
「いや・・今のところは大丈夫みたいだな。だけど、雨音が酷くて・・」
与志さんは、不安げな様子だった。
「与志さん、うちへ行こうよ。うちなら安心だから。」
哲夫の言葉に与志はすぐに立ち上がった。与志さん尾家を出て、来た道を戻ろうとしたが、斜面をしぶきを上げて流れる雨水を見て危ないと感じて、平坦な道へ迂回して神社から家へ戻ることにした。
合羽を着ているが、雨が弾ける音で普通に会話が出来ないほどになっていた。懐中電灯で足元を照らしながら、ゆっくりと神社までの平坦な道を進んだ。
途中、雨で地盤が緩んで不安定だった場所に立っていった樹が道を塞ぐように倒れていた。なんとかその樹を越えたところで、与志さんが哲夫を引き止めた。
「おい、てっちゃん!あれ!」
与志さんが指差す先に、人影が見える。普段、この道を使うのは与志さんか、ここらにみかん畑を持っている人くらいだった。近づいてみると、バイクのヘルメットを被って、力なく座っているようだった。
「どうした?」
哲夫が尋ねると、その人影がふっと顔を上げた。そして、哲夫の足にすがりついた。
「事故のようだね。ほら、あれ。」
与志さんは、樹の下を指差した。大型バイクが倒木に一部挟まった状態になっていた。
「歩けるか?」
哲夫が尋ねると、ヘルメットを被った人が頷いた。
「うちへ行こう。」
結局、哲夫は、与志さんとそのバイクの人を連れて、家に戻った。

家では、加奈が心配顔で待っていた。
「帰ったよ。」
加奈は、バスタオルを何枚も持ってきて、ずぶ濡れになっている与志さんの体を拭いた。
「私は良いから、あの人を。」
玄関口に、全身ずぶ濡れのヘルメットを被った人が座り込んでいた。
「さあ、中へ。」
ヘルメットを取ると、まだ20代の青年だった。ポロシャツとジーンズはずぶ濡れになっていた。
すっかり憔悴した表情をしている。

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