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22 嵐の夜 [命の樹]

22 嵐の夜
すぐに、加奈が2階の部屋に行き、哲夫と与志、そして青年のために、着替えを持ってきた。
着替えが終わったところで、青年と与志さんは、テーブル席に着いた。
「ああ、ほっとした。こんなに降るなんてねえ。長い間生きてきたが初めてだね。てっちゃん、ほんとに、ありがとうね。」
「いえ・・いつもお世話になってるんですから・・。それより寒くないですか?」
哲夫はそう言いながら、ホットミルクを運んできた。
「ええっと・・君は・・ミルクでいいかな?」
青年はまだボーっとしていた。
「おい!青年、しっかりしな!」
与志さんの言葉に、青年は我に返った。
「ああ、済みません。ありがとうございます。助かりました。」
「そうか、良かった。僕は倉木哲夫、妻の加奈。ここで喫茶店をやってるんだ。それと、与志さん。」
「僕は、伊藤 健です。バイクでぶらぶらと旅をしてて・・なんだか、急な雨で、どこかで雨宿りさせてもらおうとあの先に明かりが見えたんで・・向かってたんです。」
「それで、あそこで・・」
「ええ、目の前に、突然、樹が倒れてきて・・。」
「そうなの・・でも良かったわ。怪我がなくて。」
加奈は、皆が脱いだ衣服を集めながら言った。
「まあ、今日はどうしようもないから、明日、晴れたらバイクを見に行こう。それより、腹減ったな。」
「そうね、夕飯にしましょう。与志さんもまだでしょう?・・健さんは?」
健は少し戸惑った表情ながら、「まだです」と返事をした。
「パスタでいいかしら?」
「おや、君が作ってくれるのかい?」
「ええ。今日は私が作るわ。」
加奈はそう言うと厨房に入っていった。
「バイクでぶらぶら旅なんて羨ましいなあ。・・君、仕事は?」
哲夫が訊いた。
「・・今は・・無職です。少し前までは、会社勤めをしていたんですが・・・。」
「ふーん。嫌になったかい?」
与志さんが言った。
「嫌と言うか・・何だか、よく判らなくなって・・何のために仕事してるんだろうって。」
「良いねえ、お気楽で。何のためって、そりゃ、生きるためだろ?金を稼がなくちゃ、生きていけないだろ?それ以外に何があるんだよ。」
与志さんは少し口調がきつかった。
「お金はもちろんそうですけど・・それだけじゃあ・・」
その会話を聞いていて哲夫もふと考え込んでしまった。
病気が見つかるまでは、仕事に邁進するのが当たり前、それこそ自分が生きている意味だと信じていた。だが、病気が見つかった時、一体、何のために仕事に邁進していたのか、急に疑問が湧いてきた。あっさりと辞める決断が出来た事も、今になってみると不思議な感じがしていた。

「さあ、出来たわよ。運んで!」
厨房から加奈が哲夫を呼んだ。
大皿に山盛りのパスタ、そして、小さめの器に、ミートソースとホワイトソースとジェノバ風ソース(加奈の命名)の3種、それぞれに小さな取り皿が配られた。
「久しぶりだね、こういうの。」
「そうでしょ?せっかく人数も多いから、こういうのが良いかなって。さあ、自分で食べたいだけ取って、お好みのソースを絡めて召し上がって!」
「昔、娘たちが居た頃、パスタパーティって言って、よくやったんだ。これなら、一度にいろんな味が楽しめるから、娘たちには好評だったんだよ。さあ、どうぞ。」
哲夫はそう言うと、真っ先にパスタを皿に取り、ミートソースをかけ、大きく口を開けて食べた。
与志さんもそれを見て、「こりゃいいよ」と言ってパスタを取った。健も続いた。
健はそうとう空腹だったのか、取り皿いっぱいにパスタを取った。
「一度にそんなに・・いろんなソースがあるから、少しずつ食べてみてよ。」
加奈が言うと、健は恐縮した表情を見せ、取ったパスタを戻そうとした。
「良いんだよ。好きに取れば・・足りなければ、まだゆでれば良いんだから。」

外は相変わらず激しい雨が降っていた。
ひとしきり、楽しい夕食の時間を過ごした。食器を片付けながら加奈が言った。
「2階に部屋が空いているから、今日は泊まっていってね。お風呂も入れるから。」
健と与志は加奈に案内されるまま、それぞれ、部屋に入り、順番に風呂も済ませた。

健が風呂を済ませて、1階に顔を見せた時、哲夫はソファで横になって眠っていた。
加奈は、哲夫の横で、寝顔を見ながらコーヒーを飲んでいた。
「ありがとうございました。」
健が言うと、加奈は立ち上がって、厨房からコーヒーを運んできた。
「ご主人、寝ちゃったんですね。」
「ええ、早寝早起きなの。パンを焼く日には、9時過ぎには寝てるわ。与志さんも畑仕事を朝早くからやっているからもう寝ちゃったんじゃないかしら。」
「そうか・・みんな、仕事されてるんですよね。」
「私も仕事してるわ。近くの専門学校の先生よ。」
「へえ、そうなんですか。」
「ねえ、健さん。しばらく、うちで仕事してみない?」
「え?仕事ですか・・・。」
むくりと哲夫が起き上がり、二人を見て言った。
「そうだ。それが良い。どうせ、バイクの修理もしなくちゃならないだろ。その間だけでもどうだい?」
「なに、起きてたの?・・もう、しょうがない人なんだから。・・そうね、部屋は空いているし、給料を払うなんて無理だけど、食事は用意できるから。」
健は少し迷っていたが、哲夫の言うとおりバイクの修理は相当時間が掛かるだろうし、どうせ行く当てもないのだ。少し、ここで世話になるのも悪くないかもと考えた。
「じゃあ、お願いします。」

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