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26 朝食 [命の樹]

26 朝食
みんなが、朝食のテーブルについたのは、もうすっかり朝日が昇ってしまっている時間だった。
「千波、昨日はすまなかったな。」
朝食のサンドイッチを配りながら、哲夫が千波に言うと、「びっくりさせないでね。」と答えた。
「それは私のセリフよ!」
加奈が千波と哲夫の両方に言った。
「それに、結さんまで呼んでしまうんだもの。」
結はにこにこしながら、みんなの会話を聞いている。健は、やはり会話に入れず、変なつくり笑顔を見せている。
「いけない!もうこんな時間。今日は朝から実習なの。早めに行って準備しなきゃ。」
加奈がさらに残ったサンドイッチを一気に口に入れ、コーヒーで流し込むと、バタバタと2階へあがって行き、カバンをもって降りてきた。
「結ちゃん、ありがとうね。またいつでも来てね。じゃあ。」
加奈はそう言うと、バタンとドアを開けて出て行った。しばらくして、クラクションが1回鳴った。
「じゃあ、私もそろそろ帰ります。病院の準備しなくちゃ。おじさん、来月には開院するんです。時々顔を見せてくださいね。ごちそうさま。」
結も荷物をもって帰って行った。
哲夫は二人の皿とカップを片付けながら、千波に訊いた。
「お前、いつまでいるんだ?」
「え?・・ああ、そうね。明後日くらいには戻るわ。そろそろ、バイトもしなきゃいけないし・・。」
「そうか。まあ、無理するなよ。」
「お父さんもね。」
それだけの会話だったが、親子で互いに気遣う姿が、健には何だか妙に新鮮に感じて、ぼんやりと二人を見ていた。
「ねえ、健君ってバイトじゃないの?」
千波が少しきつい声で言った。「健君」と言われて少しびっくりした。確か自分より年下だと思うが、どうして「君」付けなのだろう、そう思ったが、こらえた。
「いや・・バイトというか・・」
「だって、バイト代の代わりに3食付なんでしょ?だったら、仕事しなさいよ。」
千波はそう言うと、千波は、哲夫が皿を洗っているのを見た。健に皿洗いしろと暗に言っている。
「ああ・・・わかりました。・・哲夫さん、皿洗いしますよ。」
「哲夫さんじゃないでしょ?マスターって呼べば?」
千波は小姑のごとく厳しい口調で健に言った。
「いやあ、マスターは勘弁してくれよ。ほとんど客の来ない店なんだぞ。」
泡立てたスポンジで皿を洗いながら哲夫が言った。
「それより・・健君、バイクの修理の件だが・・一つ心当たり・・というか考えたことがあるんだ。後で、一緒に。」
「ええ、お願いします。」
健は厨房に入って、哲夫の洗う皿を布巾で拭きながら言った。
「その代り、一つ手伝ってもらいたいことがあるんだ。」
「ええ。・・良いですよ。僕でできる事ならやりますよ。」
洗い物が終わると、哲夫は健を連れて物置小屋へ行き、先日ホームセンターで買ってきたライトとソーラーパネルのセットを出してきた。
「これをあそこに取り付けたいんだ。一人じゃちょっと難しそうなんでね。」
哲夫は屋根の上を指さした。赤い屋根の上には風見鶏が乗っている。その脇に取り付けることにした。
「ねえ、お父さん、無理しないでね。」
千波が下から見守る中、哲夫と健は2階のベランダから梯子を使って屋根に上った。風もなく穏やかな天候だった。空にはそろそろ、絹雲のかけらが見える頃になっていた。
ライトとソーラーセット、それから大工道具を一通り運び上げた。哲夫は健にライトの取り付ける場所やソーラーパネルとバッテリーの固定の仕方などを教えた。結局、2時間ほどかけて完成した。
「センサーが付いているから、暗くなると光りだすはずだ。」
作業を終えて庭に降りてきた哲夫が、ライトを見上げながら、満足そうに言った。
「あんなの付けてどうするつもり?お客さんでも呼べるの?」
千波は不思議そうに見上げた。
「少し前に港で漁師の人がね、うちの明かりが湖から見ると灯台みたいで、安心するんだって教えてくれたんだ。だけど、お父さんが早朝に起きた時だけしか明かりは点かないだろ?こうしておけば、一晩中、屋根の上に明かりが点いていることになる。安心の明かりが届けられるじゃないか。」
「ふーん・・そうなんだ。我が家が灯台ってことなのね。」
「そうさ、良いだろ?」
「うん・・良いね。・・・きっと、漁師さんだけじゃないわよ。遠くからもこの赤い屋根見えるから、周囲の人もきっと喜ぶでしょ。・・そして、お客さんが増えればもっと良いじゃない?」
「そんなにうまくいくかな?」
健は二人の会話を聞きながら、のんきな親子だなと思ったのだった。
「ねえ、お父さん、もうお昼ちかくよ。私、お腹空いちゃった。」
昼は三人でインスタントラーメンを作って食べた。
「バイクの修理の事だけどね。とにかくここらには修理できる店がない。結局、浜松辺りまで運ぶしかないだろう。そのために、どこかで軽トラックを借りたらどうかって・・それで、以前に知り合った源治さんっていう人がいるんだ。その人に相談すれば、だれか紹介してくれるんじゃないかと思うんだ。後で一緒に、源治さんのところへ行ってみよう。」
片づけをしながら哲夫が健に言った。それを聞いて千波が言った。
「それなら私が行くわ。お父さんは、お店があるでしょ?」
健は少し妙な感じがした。権がここへ来て数日、客の姿を見たことが無かったからだった。
「ああ・そうか・・じゃあ、頼む。港に行って誰かに尋ねれば、すぐに判るだろう。」
「ええ・・。じゃあ、支度してくるから・・。」
千波はそう言うと2階へ上がっていき、しばらくして、ジーンズにTシャツ姿で降りて来た。
「お母さんの靴、借りるね。・・じゃあ、健君、行くわよ。」
そう言って二人で店を出て行った。
哲夫は二人を見送ったあと、厨房に戻った。厨房の隅に黒い見慣れないカバンを見つけた。カバンには、「おじさんへ」と書かれた手紙が張り付いていた。
中を見ると、銀色の細いボトルのようなものがたくさん入っていた。手紙には、「胸が苦しくなったら使ってください。楽になります。それからすぐに私を呼んでください。」と書かれていた。
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