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27 千波の告白 [命の樹]

27 千波の告白
千波と健は、店を出ると、通りまで行き、港へ繋がる道を探した。千波は、両親が転居して何度かこの町を訪れてはいるが、外出する事は少なく、町の事は、ほとんど知らなかった。
通りを北へ進むと、町の中ほどに用水路が流れていて、用水路沿いに車一台ほど通れる道があった。二人はとりあえず、その道を歩いていった。ほどなく、港が見えてきた。漁船が幾隻も係留されている。ざっと港を見回ってみたが、誰も居なかった。
「どうする?」
千波が少し苛立った様子で言った。
「どこかの、このあたりの家に行って訊ねてみるかな・・。」
健はそう言うと、人が居そうな家はないか、港の防潮堤に上って、辺りを見回した。しかし、どの家がいいのか全く判らない。
「しばらく、ここで誰か来るの待ってましょう。」
千波はそう言うと、防潮堤の上に座った。気持ちのいい海風が吹いている。
「ねえ、健君はどこから来たの?」
千波は遠くの湖面に視線をやりながら呟くように言った。
「ああ・・東京から。なんとなく西へ向ってみようと思ってね。」
「東京?私もよ。・・・歳からすると、就職したけど行き詰って、会社を辞めたって処でしょ?」
千波が行った事は当っていた。
「まあ・・そんなところかな。自分には向いてなかったんだよ。」
健は少しはぐらかすように答えた。
「この就職氷河期に、就職できただけでもラッキーなのに・・向いていないなんて・・。」
「でもさ、いやいや仕事をしているって不幸だろ。もっと自分にあった場所があると思うんだ。」
「・・甘えてるわ!・・仕事に行き詰ったって?・・どうせ、自分はもっとできるはずだ、なのに重要な仕事をさせてもらえない、上司が理解してくれない、周りが認めてくれない、なんてところでしょ。それで、自分はこんなはずじゃ無かった。・・何様のつもりよ!」
「そんな・・俺はただ、自分は何者か、どんな形で役に立てるのか・・そう思って・・。」
「自分が何者かって?そんなの、ふらふら旅をしていて見つかるわけないじゃない!」
千波の言葉はいちいち当たっていた。東京を出てからあちこちを旅してきたが、何も見つかっていないし、自分が何者かなんて、次第に考えなくなっていたのも事実だった。
しかし、他人に言われると無性に頭にくる。何だか、途轍もなく、お気楽な人間だと言われているようだった。だが、健は反論できなかった。

しばらくの沈黙のあと、千波が思い切ったように口を開いた。
「親には内緒だけど・・私、イタリア旅行の前にね・・インドに居たの。」
「インド?」
健には、千波が想像もできない世界にいるように見えた。
「国際ボランティア団体の斡旋があって、インドの病院のボランティアに行ったの。・・貧困の中で満足に医療を受けることができない人を無償で受け入れる病院があって、そこで、ボランティアをね・・。」
千波の口から、ボランティアという言葉は何だか不似合いだなと健は感じた。
「インドは著しい発展をしているわ。でもね、貧富の差が大きいの。首都は東京に負けないほどの高層ビルが建ってるのに・・少し、離れたところでは、水道も電気も充分に使えない、医師もいない、教育も満足に受けられない、そういうスラムもたくさんあるのよ。」
「知らなかったな・・。」
「そんな貧しい人へ何か出来る事があるんじゃないかって思ったの。学生だからこそ、時間があるうちにできることをやろうって決めたの。」
千波は表情をこわばらせて話し続けた。
「でもね、思い上がっていたのね。目の前にある現実はそんなに甘くなかった。日本では何気なく暮らせているでしょ。でもね、そんな環境じゃあ、他人の世話なんてできわけがない。自分が生きていくだけでも大変。日本なら当たり前のことがそこでは通用しない。ボランティアなんて無理。私、2週間で逃げ出したのよ。・・」
千波の思わぬ告白に健は何と言えばいいのか言葉を失くしていた。
「イタリアへ行ったのは、そのまま日本に帰れない・・帰れば、そのまま何もできなくなるんじゃないかって怖かった。イタリアではとにかく、インドの事は忘れようって毎日観光地を回っていたの。・・でも結局、忘れられなかった。・思い上がっていた自分の姿を思い出してしまって・・情けなくて、悔しくて、恥ずかしくて・・とにかく、一度、家に戻ろうって・・。」
「帰ってきてどうだった?」
「・・・」
千波は答えなかった。

千波が健に厳しく当たっていたのは、自分自身への苛立ちの裏返しだったのだ。健を見ていると、思い上がっていた自分を思い出してしまう。そういう自分自身もまだ強く生きる決心も出来ていない。そういう混ざり合った感情が健へ向かっていたのだった。

「そんなところは特別だろ?そんなところからは誰でも逃げ出すに決まってるさ。無理する必要なんかないんじゃないか。日本にいれば、自分にあった・・居心地のいい場所があるに決まってる。」
健の、場当たり的な言葉に千波は苛立ちを隠せなかった。
「それが許せないの!結局、そうなのよ。自分にあった場所?何処にあるの、そんなところ。こんなぬるま湯みたいな日本にいるから・・そんなこと言って、自分探しなんて、おかしな余裕見せて、ふらふらできるのよ!」
「ふらふらって・・・・」
「もっと毎日真剣に生きてみなさいよ!」
「真剣にって・・・やりたいことをやって生きていくのが一番の幸せじゃないのか!・・ほら・・哲夫さんだって、毎日のんびり暮らしてる。あんな風に、悠悠自適に生きていられるっていいよな。」
それを聞いて、千波はさらに怒りを見せた。
「・・・お父さんは・・・お父さんも、お母さんも・・毎日、真剣に戦ってるの!・・・・何にも知らないくせに!」
千波はそういうと防潮堤から飛び降りた。
そこへ、漁師らしき男が、大きな網の塊を担いでやってきて、防潮堤の上にどさっと置いた。
「あ・・確か・・」
千波はそう呟くと、その人のところへ駆け寄っていった。

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