SSブログ

28 竜司と源治 [命の樹]

28 竜司と源治
「こんにちは・・竜司さん。昨日はありがとうございました。送ってもらって助かりました。」
その言葉に、その男は振り返って、陽に焼けた額の汗を拭いながら答える。
「ああ、千波ちゃんか・・・良いんだよ。俺も家に戻るところだったから・・。で、今日は?」
「源治さんって言う人を探してるんです。」
「源治さん?・・ああ、俺の師匠だよ。ここの漁師なら誰でも世話になってる。そのうち、顔を見せるんじゃないかな。そろそろ、漁に出る支度を始める時間だから。」
「これから、漁に出るんですか?」
「ああ、夏場は夜のほうが獲れるからね。・・俺もこれから支度だよ。」
「へえそうなんですか。」
「で?・・そっちは?」
竜司は、ちょっと睨むような目つきで健を見た。
「ああ・・うちの店のバイト・・健君です。・・お客さんなんか居ないんだから、バイトなんて要らないんですけどね。お父さんも物好きなんだから・・。」
妙な紹介をされてしまって、健は申しわけなさそうに小さく頭を下げた。
「ねえ・・竜司さんもお父さんのお店、来てくださいよ。・・たいしたものはないけど・・。お父さんにはサービスするように言っておくから・・」
「喫茶店だったよね。・・ああ、今度、漁の無い日にでも顔出してみるよ。」
そこへ、源治が現れた。
「おや?珍しい。若い娘が居るじゃないか。なんだい、竜司の彼女か?」
挨拶代わりに、源治は、竜司を冷やかすように言った。
「何言ってるんだ!ほら、あの赤い屋根の喫茶店の娘さん。千波ちゃんだよ。」
竜司は、大きく網を広げながら言った。
「ああ・・そうかい・・てっちゃんの娘さんかい。ほう・・そう言えば、てっちゃんに似てるなあ。」
千波は少しむっとした表情を浮かべた。
「源さんに用事があるんだってさ。」
竜司が、再び仕事をしながら言った。
「ほう、こんな可愛い娘が俺に何の用かな?・・てっちゃんの娘なら、何でもきいてやるよ。」
源治の言葉に千波はにこりと笑って、健の方を見た。
「さあ・・健君。」
健は緊張した表情で進み出て言った。
「すみません・・伊藤・・健と言います。・・あの・・バイクが故障してしまって、修理をしたいんですが・・この近くには修理できるところがないみたいで・・・それで、浜松まで運びたいんです。どなたか、トラックを持っている方を教えていただきたいんです。」
源治は少し怪訝な表情を浮かべながら、健の話を聞いていた。
「ふーん・・そうか、オートバイが故障か・・そりゃ困ったな。・・」
「ねえ、源治さん、トラックを貸してくれそうな方、ご存じないですか?」
千波も訊いた。源治は頭を掻き乍ら、少し考えてから言った。
「トラックか・・・昔はみんな、魚を運ぶのに持っていたんだがな・・近頃じゃ、魚は浜松の港まで直接、この船で運び込むことが出来るようになったんで、トラックは持たなくなっちまったんだ。俺も、今は持ってないしな・・。」
「そうですか・・。」
健はがっかりした表情を浮かべた。
「だがな・・」
源治は続けた。
「オートバイの修理ならできるかもしれないぞ。」
健も千波も、えっという表情を浮かべた。
「通りの端っこ、信号から2軒目に、須藤自転車って店がある。」
「自転車屋さんじゃ・・無理でしょう?」
千波は健を見ながら言った。
「いや・・元々は、自転車屋だったんだが、若い頃からオートバイが大好きでなあ。趣味が高じて商売になっちまったんだ。機械いじりは昔っから好きだったから、時々、船のエンジンも修理してくれたこともある。めっぽう腕は良いはずだ。」
源治がそう言うと、仕事をしていた竜司が手を止めて言った。
「いや・・だめだ。あそこの親父、病気になっちまって、店を閉めたんだ。」
源治はそうだったと思い出したような表情を浮かべた。
「ああ・・そうだったな。だが、何か相談くらいには乗ってくれるんじゃないか。知り合いのバイク屋とか、ひょっとしたら、直し方を教えてくれるかもしれない。道具もきっとそのままだろうから・・。」
「どうかな・・体が動かないって聞いたし、それに、病気になってから、家に閉じこもって人に会いたがらないらしい、一度も顔を見たこともないじゃないか。」
竜司は仕事の手を止めず、言った。
「ああ・・そうかもしれないが・・。」
「訊ねて行っても追い返されるだけかもしれないぞ。」
「だがよ・・あの歳で引きこもってるなんてなあ・・奥さんも気の毒だ。・・すまないなあ、あまり役に立てなくて・・」
源治は、千波と健に、申しわけなさそうに言った。
「いえ・・いいんです。とにかく、その須藤自転車店へ行ってみます。ありがとうございました。」

千波と健は、源治の話に一縷の望みを託して、行ってみることにした。
通りまで戻って、源治に教えられた通りに行くと、店の場所はすぐに判った。
だが、古びた建物のシャッターは閉まったまま、「しばらく休業します」の古い貼紙があって、声を掛けたが返答は無かった。
「やっぱり無理みたいだな。」
健はあっさり諦めようとした。しかし、千波は諦めきれない。いや、引きこもっているという話を聞いて、バイクの修理よりも、自転車屋の主人の事が気になっていたのだった。
千波は、店の脇にある路地を見つけた。
そこから、少し奥へ入ると、ちょうど店の裏側に地続きで家屋があった。
門の表札に「須藤」とあった。


nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0