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第1章1-1タケルの憂鬱 [アスカケ外伝 第1部]

タケルは七歳になった時から、春日の杜に預けられ、モリヒコから多くの事を学んでいた。
剣や弓の腕前は春日の杜でも随一の腕前になっていた。書物もよく読み、幅広い知識を得ていた。周囲の者たちは皆、次の皇として十分に認めるほどに成長していた。
十三歳になった在る月夜の日、タケルは、春日の杜の高楼に一人佇んでいた。
月明かりの中、遠く、平城の郷を眺めながら、大きく溜息をついた。
ちょうどそこへ、春日の杜を見回っていたモリヒコが来た。
「どうされた?」
モリヒコが声を掛ける。タケルは跪き頭を下げる。
ここでは、タケルもモリヒコに教えを乞う子どもの一人であり、いかに皇子と言え、礼を尽くすよう幼い頃から教え込まれている。咄嗟に取った姿勢だった。
「今は学びの時ではありません。普段のままで結構ですよ。」
とモリヒコが続けると、タケルはすっと立ち上がりモリヒコと対面した。
「月を眺めておりました。美しき母の様だと・・。」
「ほう・・アスカ様のようだと申されるか・・・」
モリヒコはそう言うと、高楼の欄干に手をつきながら、月を見上げると、
「私にはカケル様のように見えますが・・。」と返した。
「父ですか?」
意外と言わんばかりにタケルが返す。
「皇はアスカ様。この国の皇は、広く世を照らす太陽です。月は、我が身をもってその光をもって闇を照らし足元の不安を無くしてくれましょう。ですから、月はカケル様だと私は思います。」
タケルはモリヒコの話を聞き、再び溜息をついた。
モリヒコは、タケルの溜息の真意がようやく理解できたような気がした。二人は暫く黙ったまま、月を眺めた。
浮浪雲が月に掛かり、辺りが少しぼんやりとした時、タケルが口を開いた。
「私は、父や母の様になれるでしょうか?」
「父や母のようにとは?」とモリヒコが訊き返す。
「父から、アスカケの話を聞くたびに思うのです・・・。あれほどの事を成された故に、このヤマトは安寧な国となった。すべて、父や母のお力によるもの。」
「確かに、15の歳に故郷を離れ、九重を回り、恐ろしきものを退け、邪馬台国を見事に蘇らせ、その後、内海を鎮め、伊予や吉備とも縁を結び、ヤマトを争乱から救われた・・見事なお働きだったと思います。お傍にいたからこそ、カケル様の偉大さはよく解ります。また、ずっと寄り添い時には命をお救いになられたアスカ様も偉大なるお方です。」
モリヒコは想い出を辿りながら答えた。
タケルはモリヒコの話をじっと聞きながら、大粒の涙を溢した。そして、思い余ったように言葉を発した。
「私は・・私はどうなのでしょう・・次なる皇と言われるたびに恐ろしくなるのです。・・」
十三歳とは思えない深い悩みだった。
皇太子として自らの宿命を受け入れ、なおかつ、今の繁栄を維持するために求められる役割の重圧を既に自覚しているようだった。
ここ春日の杜には、多くの子女が学びに来ているが、ここまで深い悩みを持ったものがいるだろうか。
「弓も剣も、もはや父上以上に上達されています。書物の知識も、おそらく、春日の杜でタケル様は随一でしょう。何を恐れる事はありません。」
モリヒコは返した。
「いえ・・駄目なのです。父や母は、人智を超えた力をお持ちです。私にはそれがない。どれほど学び鍛錬してもその力にはかないません。」
タケルは一層憂鬱な表情を浮かべていた。
モリヒコは、自ら獣になる力を持っていた。そしてそれが時にカケルを助けてきた。「特別な力」と言われると返す言葉がなかった。
「まだ、皇位を継がれるには時があります。冷えてきました。今日はもうお休み為され。」
モリヒコはそう言うと、高楼を出て行った。

モリヒコは、自分の館に戻った。館には妻ハルヒが薬づくりをしながら待っていた。
モリヒコは、ハルヒにタケルの悩みを話した。
モリヒコとハルヒは子を早くに亡くしており、タケルを我が子の様に思っていた。
「あの幼子が・・それほどの悩みをお持ちとは・・大きくなられましたね。」
ハルヒが微笑を浮かべながら言った。
「いかに導いてやれば良いだろうか・・・。」とモリヒコ。
「答えは自ら見出すしかないでしょう。」
「だが・・」
「明日、カケル様がこちらにお越しのはず。ご相談されてみてはいかがですか?」
「そうか・・明日はアスカケの話をお聞きする日であったな・・そうするか。」
夜も更け、畝傍の館は静まり返っていた。
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