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1-10 難波津の大路 [アスカケ外伝 第1部]

「ここから、大路を通って難波津宮へ行きましょう。」
ヤスが先導する。大路には幾つもの家が並んでいる。通りを行き交う人も多かった。皆、それぞれの国の衣服を纏い、首飾りやカンザシ、冠等を身につけていた。いずれも初めて目にするものばかりだった。
「ここでは、港から入ってきた、西国の様々な品を取引しているのです。」
この時代、まだ、貨幣は存在していない。すべてが物々交換である。直接のやり取りだけでなく、ここで品定めをして、大船を使ってそれぞれの国や郷が取引をする。物だけではない、仕事や技術もここで融通しあう。
ヤマトの国も豊かだが、ここ難波津は、それ以上に珍しいものや貴重なものが溢れている。タケルたちは、その一つ一つに心を奪われる思いがした。
「これをお食べよ。」
一軒の家の前で、老女に声を掛けられた。差し出されたのは、湯気の出ている饅頭だった。大皿に山盛りに並んでいる。皆、どうしたものかと顔を見合わせ、ヤスを見た。すると、一緒にいたカズが手を伸ばし、頬ばった。
「うん、旨い。」
それを見て、皆も同じように、手に取り、一斉に口にした。口の中が一気に甘くなる。これまで口にしたことのないような甘さがある。
「うーん、旨い!」
皆も同じように言った。
「そうだろ?これぞ、吉備の名物、蒸かし饅頭さ。」
甘いものを口にして、タケルたちは一気に幼子に戻っていた。出発してからずっと、従者として大人びた振る舞いをするよう、必要以上に緊張していたのだろう。何か胸のつかえがとれたようで、チハヤが急に泣き出してしまった。それにつられて、ヤチヨが泣き、ヨシトやヤスキ、トキオも涙ぐんでいる。
「おやおや、どうしたんだい?」
饅頭を進めてくれた老女が驚いた様子で訊いた。
「いえ・・我らはヤマトからの使者の従者として参りました。少し疲れているんです。すぐに収まりますから、ご心配なく。」
と落ち着いてタケルが答える。
「ヤマトからとは…まだ、子どもではないかい。摂政様は素晴らしき御方と聞いていたが、こんな子どもを従者にとは・・・厳しい事を成さるねえ。」
老女は同情するように言った。
「いえ、我らは春日の杜で学ぶ者。従者となったのも修行の一つなのです。我らを育てるための策。それに我らは自ら望んで参ったのです。」
タケルの言葉を聞いて、老女は感心したように言う。
「お前さんは、随分と落ち着いているんだねえ・・。同じくらいの歳だろうに・・。」
それを聞いて、ヤスキが思わず口走る。
「この方は、ヤマトの皇子、タケル様です。」
「ヤマトの皇子?」
「ええ、そうです。カケル様とアスカ様の御子、次なる皇になられるお方です。」
ヤスキは周囲の大人に聞こえるように大きな声を出して答えた。
それを聞いて驚いたのは、老女だけではなかった。ヤスやカズも驚いて、その場に伏してしまった。その様子を見ていた、周囲の大人たちも口々に、「皇子様だ・・」と呟き、その場に伏した。周囲は異様な光景になっていた。
「止めてください。今は、皇子ではなく従者として参ったのですから・・。」
タケルが言っても周囲は変わらなかった。
その騒ぎを聞いて難波宮の衛士たちがやってきた。
「何事だ!」
「皇子の名をかたるとは、ふとどきな奴、懲らしめてやる、何処だ!」
衛士は、剣を構え、凄い形相で走ってくるのが見える。
「いけない!みんな、逃げるぞ!!」
そう言ったのはヨシトだった。
タケルたちは、伏している大人たちの間を抜け、一目散に走りだした。
どこをどう通ったのか、判らなくなるほど、とにかく走った。大路から脇道に入り、家々の間を抜けて、街の裏へ出た。そこは、草香の江が遠くに見える葦の原が広がっていた。カケルたちは、葦の原に飛び込んで身を隠した。一緒にいるのは、タケルとヨシト、それにチハヤだった。すぐ後に衛士が一人、タケルたちの後を追ってやってきた。タケルたちは息を潜めている。衛士は暫く、周囲を見ていたが、諦めた様子で、街の方へ戻って行った。周囲に衛士が居ない事を確認して、三人が顔を出した。
「ヤスキやトキオ、ヤチヨはどうした?」
タケルがチハヤに訊いた。
「途中までは一緒だったと思うけど・・どこかで逸れたみたい。」
チハヤが答える。
「ヤスキの奴、何であんなことを!」
とヨシトが怒って言う。
「それより、早く見つけないと・・それに、ヤスさんやカズさんに迷惑が掛かる。」
タケルはそう言うと、帰り道を探すため、周囲の様子を見た。目の前には、粗末なつくりの小屋の様な建物が並んでいる。いずれも、何処から手に入れたか判らない様な廃材を寄せ集めたような作りで、戸口も歪み、中には外れている物もある。壁には幾つも穴が明いている。何より、葦の原の際に建っているため、湿気が強く、異臭も感じられた。大路とは別世界であった。こんなところに住んでいる人がいるのだろうか。そう思いながら、帰り道を探すため、そのボロ家の脇を通ると、壁の隙間から人影のようなものが見えた。タケルは立ち止まった。
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