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1-11 貧しき暮らし [アスカケ外伝 第1部]

「タケル?どうした?」
ヨシトは、立ち止まったタケルに訊いた。
「すまない。」
タケルはそう言うと、人影のようなものを見た家の前に立った。入口の戸が半分ほど開いている。ヨシトとチハヤもタケルについて家の前に立った。
「どうにも気になるんだ・・難波津は素晴らしいところのはずなのに・・これは・・。」
壁の隙間から差し込む光で、室内の様子もぼんやりと見える。室内は土間になっていて、そこに横たわる人影があった。
「どなたか、いらっしゃいますか?」
タケルは、家の中に声を掛けるが、返答はない。
「御免!」
タケルはそう言うと家の中に入った。薄暗い部屋、湿ったかび臭い空気、そこに薄い筵が敷かれ、横たわっている人の姿が確かにあった。
「死人か?」
ヨシトが小さな声で呟く。その声が聞こえたのか、横たわる人が少し頭を持ち上げたように見えた。チハヤが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
横たわっていた人は、チハヤの手を借りて身を起こした。男のようだった。
「何用でしょう・・」
男は弱々しい声で訊いた。
「我らは、ヤマトから来た者です。衛士に追われ、供の者と逸れ、道に迷い、困っておりました。失礼ながら、人影を見つけて、無作法ながら入って参りました。」
タケルは丁寧に男に告げた。
「何と・・ヤマトからとは・・・」
男はそこまで言って、咳き込んだ。
「随分、お体の具合が悪いようですが・・・。」
チハヤが訊く。
「いや・・御心配には呼びません・・生きている事が罪の身の上・・一日も早く死にたいと思っております。さあ、このようなところに居てはなりません。立ち去られよ。」
男は、そういうと介添えしていたチハヤの手を払おうとした。
「駄目です。・・・ヨシト様、どこかで水をお願いします。」
チハヤは強い口調で言った。
ヨシトはすぐに家を出て行った。
チハヤは、先ほど懐に入れていた吉備の蒸かし饅頭を取り出し、「さあ、これを。」と男の前に差し出した。男はじっとその饅頭を見つめる。ごくりと喉が鳴る。暫く、何も口にしていなかったのだろう。男は手に取り喰らいついた。
「ゆっくりお召し上がりください。」
タケルも懐から饅頭を取り出し、男の前に差しだした。
男は饅頭を二つぺろりと平らげた。そうしているうちに、ヨシトが甕を担いで戻ってきた。そして、脇に転がっていた椀に水を注いで渡した。水を飲み、男は精気を取り戻したようだった。
「生きている事が罪とはどういうことですか?教えてください。」
タケルが、男に訊いた。
男は視線を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「私は、昔、物部一族に仕えていました。そしてイロヤ殿が難波津を攻めた時、兵として参りました。あの戦では、多くの者は命を落としましたが、私は何とか逃げ出しました。」
タケルもヨシトも、物部との戦の話は何度か聞いたことはあった。
イロヤとの戦では、多くの者が命を落としたことは知っていた。だが、難波津の勝利で、悪を滅ぼしたという事ばかりに気を取られ、命を落とした者、行き場を無くした者について考えたことはなかった。
「その後は、どうされたのですか?」
タケルが訊いた。
「その後、一度は、故郷のヤマトへ戻りましたが、すでに物部一族は滅び、帰る場所はありませんでした。その後、しばらくは、生駒の山中に潜んでおりました。ですが、冬の寒さに耐えきれず、ヤマトの北、山背国にある巨椋池で漁師に拾われ、手伝いをしておりました。ですが、物部の者と判り、居られなくなって、再び、難波津へ戻り、人夫に紛れておりました。」
その男はゆっくりと思い出すように話した。
「ご苦労されたのですね。」
とチハヤが労わるように言う。
「いえ・・・当然の報いですから・・・。」
男はそう言いながら、足を摩っている。
「痛むのですか?」とチハヤ。
「ひと月ほど前、荷を運ぶ時に怪我をしました。痛みが続き、満足に働くことも出来なくなりました。そして、このありさま。もはや、死を待つのみ。」
「助けてくれる者は無かったのですか?」とチハヤ。
「皇に弓を引いた者として、当然の天罰が下ったのです。ここには、私のようなものが集まって、息を潜めて生きておるのです。」
タケルもヨシトも、目の前の男にどう声を掛けてよいものか考えあぐねていた。
「死を待つのみ・・などと口にしてはなりません。」
強い口調でチハヤが言う。チハヤはまだ赤子の時、父を戦で亡くしていた。チハヤの身の上は、タケルもヨシトも知っている。チハヤの思いは痛いほど判った。
「ヤマトでは、命は世のために使うものと教えられました。人には、必ず生きる役割がある。命は粗末にしてはならぬと・・。」
ヨシトが言う。
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