SSブログ

1-12 罪と赦し [アスカケ外伝 第1部]

「ですが・・このような体で何が出来ましょう?」と男が問う。
「ここ難波津の賑わいは、どのようにできたのかご存じですか?」
とタケルが切り出した。男は少し困惑顔で聞いている。
「その昔、肉が腐る病で、皆から忌み嫌われていた”念じ者”と呼ばれた方々がありました。それを今の皇、アスカ様達が、薬草を使い、手厚く看護され、治療されました。そしてお元気なられた皆さまが摂政カケル様を手伝われ、見事な水路を作られました。その結果、堀江の庄ができ難波津の賑わいを生み出したのです。・・あなた様も、まずは怪我を治しお元気になられれば、またお働き戴けるはずです。」
タケルは続けた。
「しかし・・私は先の皇様へ弓を引いた身です。その罪は許されません。」
と男が返す。
「そんなことはありません。摂政カケル様は、戦で勝敗が決した後、敵となった者もヤマトの民として赦され、ヤマトのために働くことを求められました。そのお考えがあるからこそ、ヤマトや西国の国々は安寧に豊かになったのです。・・あなた様も、この国のために生きて働いていただきたいのです。」
今度はヨシトが男を説得する。
「しかし・・」
男はまだ納得していない様子だった。
「判りました。また、必ずここへ参ります。」
タケルたちはそう言うと、貧しい男の家を後にして、難波津宮に行くことにした。
男の家の周りには、同じようなあばら屋が建ち並んでいて、同じような境遇の者が、予想以上にいるのが判った。
「これは・・・何とかしなければ・・・。」
タケルは、裏町のあばら家の様子を心に焼き付けた。そして、何とか大路まで戻ると、蒸かし饅頭をくれた家を探し回り、ようやくその家を見つけた。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
タケルが声を掛けると奥から返事がして、かの老女が現れた。
「おや・・先ほどの・・皇子様でした、でしょうかね?」
老女は、少しからかうように、半信半疑の返答でタケルたちを迎えた。
「先程はご迷惑をおかけしました。・・あの、一緒にいた者はどうしたでしょうか?」
と、タケルが訊くと、その老女はちょっと微笑んでから答えた。
「ああ、あの子たちなら、衛士に連れて行かれたよ。きっと、今頃は、宮殿の牢にでもいるんじゃないかねえ。」
「宮殿か・・・。」とヨシト。
「それを聞きに来たのかい?」と、老女はぶっきらぼうに訊いた。
「いえ、実は、厚かましいお願いなのは重々承知なのですが、ここの蒸かし饅頭を、ある所へ届けていただけないものかと。」
「饅頭を?どこへ届ければいいのかい?」
と、老女は訝し気に訊く
「あの路地から入ったところ。貧しき暮らしをしている人達が何人もおられます。何日も食べ物を口にしておらず、命に拘わる方もいるようです。何とか、お助け願えないでしょうか。」
後ろにいたチハヤが言った。
「ほう・・路地裏の貧しい者を助けてくれと言うのかい?」と老女が言う。
「ええ・・お願いします。」と今度はヨシトが頼んだ。
「私も、ここで吉備の産物と他国の産物と取引する仕事をしている身。何か対価がなく、饅頭を配るというのは、仕事にはならない。困るんだよ。」と、老女が答える。
「はい、今すぐに対価を得る事は出来ないでしょう。しかし、かの者たちは、元気になれば仕事ができます。荷を運ぶ仕事でも、船を出す仕事でも、きっと役に立つはずです。」
とタケルが返すと、老女はあきれ顔で言った。
「呆れたねえ。あいつらが元気になるまで、私に面倒見ろというのかい?病気の者もいるだろう。それは、摂津の長様の御役目なんじゃないかい?」
老女が言うのは正論だった。
「もちろん、これから難波津宮へ行き、貧しき者や病の者たちを救うような手立てを取れる様、我らの主に進言いたします。ですが、このままにはしておけません。今日明日にも命が尽きる者もあるかもしれません。ですから、できる事があるならすぐにでも手を打ちたいのです。」
タケルが強い口調で老女に言った。
「ふーん・・・」
老女は目を閉じ、少し考えていた。その様子を見て、タケルはさらに続けた。
「もちろん、こちらにだけお願いしようとは思っていません。大路にいる方々へお願いしてまわろうと思います。皆が、互いをたすけあう心が無ければ、いずれまた同じような方々ができてしまうでしょう。それでは駄目なのです。」
タケルの言葉を聞いて、ヨシトもチハヤも強く頷き、老女を見た。
得も損も関係なく、穢れのない、真っすぐな眼差し。ただ、助けてほしいというのは無く、助けあう心が大切だという強い思い。老女は感心していた。
「わかったよ。すぐに饅頭と水を届けよう。」
老女はそう言うと、家の奥へ声を掛けた。すぐに、数人の侍女たちが、木箱に入った饅頭と水甕をもって、出て行った。
「さあ、あんたたちは宮殿にお戻り。皆、心細い思いで待っているだろう?さあさあ!」
老女はそう言って、タケルたちを送り出した。タケルたちはその老女に深々と頭を下げ、宮殿に向かった。
fc04b191e96d3de584df107d306cb715eb0598ea.14.2.3.2.jpg
nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント