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1-13 宮殿の小部屋 [アスカケ外伝 第1部]

「あの・・これで宜しかったでしょうか?」
老女は、家の中に声を掛けた。
「ああ・・上々です。手間をかけますが、よろしく願います。」
そう言って現れたのは、イノヒコだった。
「やはり、カケル様とアスカ様の御子。優しき心をお持ちのようだな。」
「驚きました。まさか皇子がここにいらっしゃるとは・・・ですが、一言、自ら皇子を名乗り、私どもに命じれば済む話かと思いますが、なぜそうされないのでしょうか?」
と老女がイノヒコに訊く。
「いや・・此度は従者で来られたそうだ。臣下・・いや、民の心で、世の中を見て回り、自らのすべきことを探しておられると聞いている。おそらく、そのためだろう。・・さて、私も貧しき暮らしをしている方達の様子を伺ってこよう。」
イノヒコはそう言うと、箱詰めされた蒸かし饅頭を抱えて出て行った。

タケルたちは、宮殿に向かいながらも、軒を並べる家々を訪ね、路地裏の様子を知らせながら、少しでも多くに人を救えるようお願いに回った。
先ほどの老女のようにすぐに応えてくるところもあるが、門前払いのところもあり、世間の厳しさを体感することになった。
タケルたちが宮殿の前に着いたのは、ほぼ日暮れの時間になっていた。宮殿の大門の前には、門番が立っている。
「ヤマト国の従者です。中に、伴が捕らえられているとお聞きし、伺いました。」
タケルが門番に告げる。
「何?ヤマト国の従者だと・・少しそこで待っておれ!」
門番は一度宮殿内に入るとすぐに、衛士数名を連れて戻ってきた。
「お前たちか、皇子を騙り、大路で騒ぎを起こしたのは!来い。」
衛士はそう言うと、タケルたちを取り巻き、宮殿内の離れにある小部屋に入れた。
部屋の中には、ヤスキやトキオ、ヤチヨ、ヤス、カズが神妙な顔をして座っていた。
「おお、タケル、無事だったか!」
トキオが立ち上がり、タケルたちを迎えた。
「皆も無事だったようですね・・。」
タケルはそう言うと、ヤスキが「済まない。」と詫びた。
「いや、良いんだ。こうして無事に会えたのだから。」」
とタケルは言った。
ふと見るとヤスとカズは、タケルが皇子だとヤチヨから知らされていて、恐れ多い事だと部屋の隅で小さくなっていた。
「ヤス様、カズ様、こんな騒ぎに巻き込んでしまって申し訳ありません。」
タケルが頭を下げる。その様子にヤスは驚き、タケルの前で傅いて言った。
「頭をお上げください。皇子様にそのようにされては困ります。」
ヤスの言葉にタケルは頭を上げ、さらに言った。
「私は、皇子ではなく従者としてここへ参りました。この後も、皇子ではなく、従者の一人として扱っていただきたい、お願いできますか?」
「しかし・・・」
戸惑うヤスに、チハヤが言う。
「そうしてください。私たちは皆、そういう事を承知で同行しています。特別な扱いをされると我らの役目が果たせなくなります。」
そう聞いて、ヤスもカズも一応納得したようだった。それから、タケルたちは、逃げている途中で見た裏町のあばら家の様子とその者たちを救うために何ができるかを相談した。
「やはり、ここは、モリヒコ様にお話しして、摂津比古様に進言いただくのが良いだろう。」
ヨシトが言う。
「しかし、大路の皆に摂津比古様がご命令を下されるというのは良い事なのだろうか?」
と、トキオが言う。
「まず、どれほどの人が暮らしに困っているのか、知ることが必要だろう。ほんの少しなら、皆が助け合うことで済むだろうが・・・多ければ、そういうわけにはいかない。病の人もどういう病か、治せるものかも知る必要がある。」とヤスキが言う。
「病の人の事ならば、薬事所も判っているのかもしれません。」と、ヤチヨが言う。
そこまで聞いて、ヤスが口を開いた。
「あの・・宜しいでしょうか・・・。実は、大路の裏に、病で苦しんでいる方や食うに困っている方がおられるのは、皆、承知しております。ただ、中には、難波津に害をなす輩もおり、皆、近づかぬようにしているのです。」
「害をなすとは?」とタケルが訊く。
「はい・・盗みや諍いを起こすのです。その上、病がうつるのではと心配して、皆、近づこうとしないのです。」とヤスが答えた。
「私があった方は、そのような事は出来ない御方でした。いや、起き上がる事さえままならぬ有様。盗みや諍いを起こす輩とは違うのではないでしょうか?」とカケル。
「そうかもしれません。しかし、あそこをねぐらにして悪さを働く者がいるのは確かなのです。私も一度、宿主の使いで宮殿に向かう時、風体の悪い男に路地裏に連れて行かれそうになりました。」とヤスが言うと、タケルは少し考えてから言った。
「そうですか・・・しかし、あのまま放置すれば、難波津や堀江の庄を乱すもとになるのは確かです。摂津比古様はこれまで手を打たれなかったのでしょうか?」とタケル。
「幾度か、路地裏に衛士を向かわせ、害を為す者を捕られ、追放されたことはありました。」
「しかし、それではまたここへ戻ってくるでしょうし、次々にそうした者が現れるだけでしょうね。」とチハヤが言う。
タケルたちは、貧しきものを救う方策は簡単なものではないのだと判り始めた。
小部屋の戸が開き、衛士が現れた。
「皆、付いて来られよ!」衛士はそう言うと、宮殿の大広間へ皆を連れて行った。
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