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1-14 進言 [アスカケ外伝 第1部]

大広間には、摂津比古とモリヒコが待っていた。御簾の向こうには人影はないようだった。
二人の前に、皆、首を垂れて座った。
「事の次第は、概ね、衛士から聞いた。私はくれぐれも恥ずかしくない行動をとるように命じたはずだが・・。」
モリヒコは少し憮然とした表情で言った。皆、ひれ伏して謝罪した。その様子を見て、摂津比古が助け舟を出した。
「まあ、それくらいで宜しいでしょう。騒ぎと言っても大したことはない。ここへ戻ってきたという事は充分に反省しているという事でしょう。さて、大路は如何であった?顔を上げて申してみなさい。」
優しい口調であった。
それに応えるように、タケルが顔を上げて、大路の賑わいとは裏腹に、路地裏の貧しき人達の様子を話した。
「ふむ・・私も大路の様子は知っているが、貧しき者がそれほどに暮らしていようとは・・」
と、摂津比古は少し憂鬱な表情を浮かべて言った。
「人が増えれば、そうした者も増えましょう。これほどの大きな街となれば行き届かぬところはあっても仕方ない事。ただ、このままにはしておけません。」
とモリヒコが言う。
「いかがすれば良いか?何か策はないものか?」と摂津比古が呟く。
「怖れながら、申し上げます。」と切り出したのはヨシトだった。
「我らヤマトの郷は、小さき郷が多く、人も少ないので、何をするにも皆が助け合い寄り添うことが大事になります。しかし、ここ難波津は人が多い。それぞれが役割を分担する事で良しとされ、たすけあう事、寄り添うことが少ないのではないかと思います。今一度、皆が助け合う事の大切さを知らせていくことが必要かと思います。」
「そうか‥だが、そのためにどうする?」とモリヒコが訊く。
「こちらに向かう船上で、モリヒコ様たちはずっとそれぞれの郷の様子を話され、我が事として考えておられました。年儀の会でも、国々の様子を聞き、困りごとを出し合い、互いに助け合う策を見つけられました。同じように、ここ難波津宮でもそうした場を作られてはいかがでしょうか。」とヨシトは答えた。
「皆の声を集めよという事か?」と摂津比古が訊く。
「大路の中には、路地裏に住む者へ誤った見方が広がり、不安の種にもなっております。それを悪用して、悪さをする者も生まれております。この後、さらに難波津が賑わい、人が集まればそういう輩も増えるでしょう。そういう者たちを入り込ませないためにも、皆が信用しあう事が必要でしょう。そのためにも、そういう場をお創りなる事が大事だと思います。」
タケルが言うと、摂津比古はしばらく考えてから答えた。
「良かろう。そなたらの言う通りであろう。難波津に住む者が集まり話し合う場を作ろうではないか。まだ、ここが小さき郷であったころは、事あるごとに、皆で集まり、話し合ったものだ。難波津の会として、より多くの者が集まれるようにしよう。」
「今一つ、お願いがございます。」とタケルが言う。
「先ほどお話した者は、昔、戦で宮へ弓を引いた罪を悔いて、息を潜めて生きておりました。罪は罪でしょうが、もはや戦は終わり、敵味方はありません。できれば、皇様、摂政様に御赦免の詔を戴けまいかと。ここ難波津だけでなく、皇様、摂政様の御意思を広く知らしめることで、諸国でもそうした者たちを救えるのではないかと思うのです。」
カケルの進言を聞き、応えたのはモリヒコだった。
「ほう・・御赦免の詔か・・それは考えが及ばなかった。確かに、カケル様は常に戦の後は、敵兵を赦して来られた。その場にいた者には伝わっておろうが、敗走した者たちは判っておらぬであろう。判った、その件は私からカケル様へ進言しておこう。」
「それと、もう一つお願いがございます。」といったのは、チハヤだった。
「そこには病に苦しむ者がおります。薬事所は病を治すためにアスカ様が開かれたと聞いております。すぐにでも、路地裏に住む者たちに手立てをお願いしたく思います。」
「わかった。薬事所に命じて、明日にでも調べる事にしよう。他には良いか?」
と摂津比古が言う。皆、首を垂れ頷いた。
「そなたらは、良き従者である。此度の騒動は不問とするゆえ、早々に宿へ戻られるが良かろう。」
摂津比古はそう言うと、モリヒコと共に奥へ入っていった。

奥の部屋に戻ると、アスカ、カケルが居た。それと、吉備のイノヒコも戻っていた。
「良き子どもたちですな。」
と摂津比古は上機嫌で座りながら言った。
「モリヒコ様の導きが良いのです。自ら考える事を常に求めておられる。」とカケル。
「いえ・・私はカケル様より教わったことを子らに伝える役目にて、それほどのものではございません。」とモリヒコ。
「それにしても、皇子は利発で真っすぐに物事を考えておられる。此度も、皇子であることは一切見せず、一人の人としてどうすれば良いか、我が家の者にもわきまえた態度でした。まるで、昔のカケル様を見るようでした。次の皇として充分な度量と知力をお持ちになられておると感心しました。」
と、言ったのはイノヒコだった。
それを聞いて、カケルが言った。
「いえ、まだまだでしょう。おそらく、それを一番わかっているのはタケル自身のはず。此度の事で、おそらく、ヤマトへ戻れば『アスカケ』に出たいと申し出てくるでしょう。もっと広く世の中を見たいと思うに違いない。」
「ほう・・もうそういうお歳ですか・・・それは良いことだ。此度ここへお連れになったのも、そう考えての事ですか?」と摂津比古。
「はい。アスカとも相談し、もうそろそろ良いのではと決めたのです。」
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