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1-15 かの者 [アスカケ外伝 第1部]

宿へ戻ると、宿主スミレが戸口の前で心配そうに待っていた。
ヤスは、通りからスミレの姿を見つけると一目散駆け出し、スミレの前にひれ伏した。カズも慌てて姉の後追い、同じようにひれ伏した。遠目には、スミレがヤスとカズを叱っているように見えた。だが、しばらくすると、二人を起こし強く抱きしめた。使用人とはいえ、まだ10歳を過ぎた子どもである。そのまま、ヤスとカズはスミレに抱きつき泣いている。
「ご心配をおかけしました。ヤス様もカズ様も何も悪くありません。我らが起こしたことです。責めないでください。」
カケルはスミレに言った。
「いえ・・責めるつもりなんてありませんよ・・。」
そういうスミレも泣いていた。
「夕餉の支度はとっくにできております。さあ、ヤス、カズ、皆様をご案内なさい。」
スミレに言われ、一行は食堂に行き、夕餉を摂った。その後、部屋に戻ると、一気に疲れが出て、すぐに皆眠りについた。
翌朝、朝餉を済ませると、モリヒコが「本日は年儀の会には出なくてよい。各々、やりたい事をせよ。」と命じて、早くに宿を出て行った。モリヒコは昨日の騒動の一部始終を聞き、カケルたちが路地裏の者たちを訪ねるのはないかと考え、自由にしたのだった。
モリヒコの予想通り、タケルたちは、ヤスとカズも含めて、あの路地裏に向かった。その後を、皆に気付かれないよう、サスケが見守りながらついていく。
しばらく行くと、大路の向こうから衛士が一軍になってやってきた。後方には薬事所の侍女たちが並んでついてくる。その先頭の衛士が大きな札を掲げ、通行人に大きな声で札に書かれた内容を叫んでいる。
「十日後の昼、宮殿にて難波津の会を開く!難波津にいる者は、皆、集まるように!」
「本日より、薬事所の御調が隅々まで参る。近隣に病の者があれば申し出よ!」
「皇様より、御赦免の詔が出て居る。ヤマト争乱にてヤマトに刃を向いた者、これより一切の罪を免ずるものである。」
「この御触れを聞いた者は、より多くの者に伝えよ!」
昨日、摂津比古に進言したことが、既に御触として広められていた。
「摂津比古様は凄いお方だ。」
ヨシトが感心しながら言う。
「良かった。私たちもあのお方に伝えに行きましょう。」
そう言って、チハヤが駆けだした。いち早く、路地を入っていった。
「お邪魔します。」
チハヤが、昨日訪れたボロ家の戸を開く。中には人影がなかった。
「まさか・・」とボロ家から飛び出したところに、一人の男が立っていた。
昨日は薄暗い部屋で、ぐったりした様子で、顔もはっきりとはわからなかった。
「おや・・本当に、また来てくれたのか・・。」
男はそう言って笑顔を見せた。確かに昨日の男だった。
昨日とは全く別人のように元気になっている。そこに、カケルたちも追いついた。
「おや、昨日より増えているじゃないか。」
「お加減は良いのですか?」
とカケルが訊く。
「ああ、あれから、吉備の方がたくさん参られ、世話をしてくれた。体も洗い、着物も替えてもらったのだ。何か生まれ変わったようだ。先ほど、御触の事も聞いた。御赦免との事、少し気が楽になった。其方たちのおかげだ。ありがとう。」
「この先、いかがされるのですか?」
とヨシトが訊く。
「吉備の家で、仕事ができる事になった。まだ、余り役には立たないだろうが、体が戻れば存分に働くつもりだ。」
と、笑顔で男は答えた。元気そうな姿に、チハヤは安堵したようだった。
「あの・・宜しければ、あなたの名前をお教えいただけませんか?」とチハヤ。
「ああ・そうだったな。私は、シルベ。ヤマトの奥、山辺の郷の生まれだ。昨日話したが、イロヤ軍の兵だった。して、お前は?」とシルベは訊いた。
「私は、チハヤと申します。磯城の郷の生まれです。皆と共に、ヤマトの従者として難波津へ参ったのです。」
チハヤは少し顔が赤らんでいる。
「そうか、ヤマトの者か・・みな、そうなのか?」
そう聞かれて、一人一人,順番に、名と生まれを話した。ヤスとカズも自己紹介した。そして、最後にタケルが名乗った。それを聞いて、シルベの顔色が変わった。シルベは、敗走後、各地を転々としている時、アスカの即位、カケルの摂政就任、皇子の誕生等を聞いていた。そして、皇子の名はタケルという事も知っていた。
「まさか・・」とシルベが口を開こうとした時、タケルが制止して言った。
「此度、摂政カケル様の命により、従者としてここへ来たのです。ご理解下さい。」
シルベは、その言葉の意味を理解し、黙った。
「シルベ様、一つ、お願いがあります。」とタケルは続けた。
「此度の、御触の内容はご承知とのこと。大路の表では、皆、口々に伝えるでしょうが、路地裏にまでは届かないかもしれません。できれば、貴方様にそのお役をお願いできませんか。そして、病の者があれば薬事所へ申し出ていただきたい。ここには悪さをする輩も潜んでいると言われ、大路の方々はなかなか足を踏み入れようとはしないのです。」
「・・そんな事、容易いことです。他にも、動ける者はいますから、ともに役を果たします。・・それに、我らとて、悪さをする輩を、ここから追い出したいのです。しっかり務めましょう。」
シルベは、タケルとしっかりと約束をした。皇子から命令されたからではない。子どもらの誠意に応えるためと心に誓った。
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