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1-9 草香の江 [アスカケ外伝 第1部]

「お前たちは夜まで難波津を見て回れ。我らは少しカケル様と相談する。良いな、くれぐれも恥ずかしき事の無いようにするのだぞ。」
モリヒコはそう言い残し、他国の王や代理の者たちと大広間を出て行った。
残されたタケルたちは、暫くぼんやりしていた。
年儀の会に列席した者の名だけで圧倒されていたが、さらに、出雲や東国の話を聞き、今まで春日の杜で学んできた事は僅かな事であり、身の程を知らされた思いであった。
「さあ、モリヒコ様が仰せのように、難波津を見て回ろう。」
そう言ったのは、タケルだった。
子どもらは、一度、宿に帰る事にした。宿に戻るとすぐに、侍女ヤスの姿を探した。
「すみませんが、難波津を見て回りたいのです。案内いただけませんか?」
カケルがヤスを見つけてお願いした。
「宿主に聞いてまいります。」
ヤスはそう言うと、宿の中に入っていき、すぐに戻ってきた。
「宿主よりお許しをいただきました。それと、宮に行き薬草を貰ってくるよう言いつけもいただきました。では、参りましょうか?」
ヤスはそう言うと、弟のカズを連れてカケルたちを案内した。
「あの・・ヤス様、一度、港を見てみたいんだが・・。」
そう言ったのは、ヤスキだった。
「判りました。」とヤスは答え、港の方へ回った。
港には、大船小舟がひしめく様に並んでいた。そして、その船から筋骨隆々の男たちが荷物を運んでいる。
「おや、ヤス、珍しいな。」
と大男の一人が声を掛けた。
「あら、イノクマ様。こちらに来られていたのですね。」
イノクマは、鞆の浦、投間一族の長。カケルが、アスカケの途中、難波津へ向かう時、知り合った者だった。
「ほう、元気そうな子らがいるが、何処の者だ?」
「ヤマトより、従者として来られた皆さまです。」
「ヤマトからか・・・カケル様・・いや、摂政様はお元気か?」
イノクマは、タケルたちに訊く。
「はい、此度、年儀の会にてこちらにお越しです。皇様もご一緒です。」
答えたのは、ヤチヨだった。
「そうか、こちらにお越しなのか・・なら、ここにも来られるかもしれぬな。何か手土産を用意しなければならぬなあ。」
タケルは、イノクマの名を聞いたことがあった。カケルと共に、瀬戸の海峡で魔物を退治した男で、話で聞いた通り、豪快な男だと感じていた。
「どうだ、この港は。物が溢れているだろう?国々が互いに信頼し、産物を運び、暮らしを豊かにする。これもすべて、皇様と摂政様のお力あってこそなのだ。」
イノクマは自慢話のように話す。
「特に、この港が賑やかなのは、カケル様が開かれた水路のおかげだ。ここから、遥か中津海までつながっているのだぞ。」
イノクマはそう言うと、水路を指さした。
「どうだ?行ってみるか?」
とイノヒコが言い、すぐに小舟を用意した。
タケルたちは船に乗り、ゆっくりと港を離れる。穏やかな草香の江の港を進むと、わずかで、中津海につながる水門に着く。そこには数人の男が行きかう船を見守っているように見えた、イノクマが手を上げると、小柄で背の曲がった男が頭を下げる。
「あれが、ソラヒコ様だ。・・あそこにいる者たちは、昔、念じ者と呼ばれ、肉が腐る病に罹って苦しんでいたのだ。それをアスカ様・・いや、皇様が治療された。見違えるように元気になり、カケル様と共にこの水路を作り上げた。そして、今は、この水路を守役として立派に働いておる。すばらしきことだと思わぬか?」
イノクマは感慨深げに言った。
「肉が腐る病?」と思わず、チハヤが口にした。
「ああ、そうだ。放っておくと、動けなくなり命を落とす怖い病だ。皆、忌み嫌い近づかなかった。だが、アスカ様は腐った肉を水で洗い流し、薬を塗り介抱された。皆は、アスカ様を心配したが、先の皇も後押しされ、難波津宮に病を治すための館まで作られた。そして、様々な薬草が集められ、病を治すため多くの者が働いた。西国の民は病に罹ってもここへ来れば治せると判り、安心して暮らせておるのだ。今では、西国のあちこちから多くの者が、ここへ学びに来て、それを国へ持ち帰る。その礎を皇様は作られたのだ。」
イノクマは饒舌に話す。タケルたちは静かに話を聞いていた。
「あれが水路ですよ。」
ヤスが指差した。大河と見紛うほどの幅を持ち、まっすぐに延びる水路が見える。完成したばかりの頃、周囲は草原だったが、今では木々が育ち、岸部は豊かな森になっていた。
「これをあの方たちが作ったのですか?」
ヨシトが驚きを隠せない様子で訊いた。
「ああ・・だが、あの者たちだけではない。難波津の者や、播磨や吉備からも多くの者が集まった。・・ああ、そうだ。この水路のおかげで、ヤマトから攻め込んできた兵を退ける事もできたと聞いたぞ。」
タケルたちは、アスカケの話を思い出していた。夢物語ではなく、現実だったと知れば知るほど、カケルとアスカの為したことの偉大さを痛感する。タケルの心には再び憂鬱な気持ちが溢れてきていた。船は、水路を抜けた。目の前には中津海が広がっている。
「これが・・海か。」
トキオが呟いた。初めて目にする海。遠くに島々が見える。
「ここから西へ向かうと、播磨、明石、吉備へと続く。その先に、アナトの国、そして九重の邪馬台国へと行けるぞ。」
イノクマは得意そうに言った。子どもらは目を輝かせて、イノクマの話を聞いている。
それから、船を戻し、陸へ上がった。タケルたちはイノクマに礼を言い別れた。
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