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1-4 従者選任 [アスカケ外伝 第1部]

翌日、朝餉を終えて、子どもらは皆、大広間に集まっていた。
「さて、昨日の摂政様のお話の通り、本日、難波津への従者を決める。行けば暫くは戻れぬ。此度は従者として役割をもってもらうこととなった。自らの身の回りの事だけでなく、使者の皆の世話や荷運び、護衛等、大人として扱うこととなる。さあ、望みのある者はその場に立ってみよ。」
モリヒコはいつもに増して厳しい声で皆に訊いた。
真っ先に立ちあがったのは、タケルであった。
タケルは、これまでにもカケルに連れられ幾度と訪れた場所でもある。ただ、これまでは、皇太子として守役に守られての訪問だった。
驚いたのは、居合わせた十人ほどの舎人だった。皇子に人夫役や護衛役をやらせるわけにはいかないと考えたからだった。
「いや・・それは・・」と舎人の誰かが声を発するより早くモリヒコが答えた。
「ほう、タケル殿が望まれるか!・・此度は、皇子としてではなく、随行者の一人となるが構いませんか?」
「もとより、承知しております。」ときっぱりとタケルは答えた。
タケルが立ったことに驚いたのは舎人だけではなかった。
子どもらは、タケルが皇子として帯同を許されると決めていたからだった。
「他にはないか?」とモリヒコ。
すると、二人ほどが立ち上がった。いずれも男児であった。
「トキオ、と・・ヨシトか・・良かろう。・・他にはおらぬか?」
と再びモリヒコが訊くと、もう一人ゆっくりと立ち上がった。
「ほう・・ヤスキか。良かろう。女人はどうか?」とモリヒコが訊く。
すると、ゆっくりと二人が同時に立ち上がった。何か、その二人は目くばせをしていたようだった。
「ほう・・チハヤと・・・ヤチヨか・・・良かろう。」
「舎人殿の中にはおられぬか?」とモリヒコ。
「私が参ります。」
舎人から一人立ち上がった。
舎人の中では最も年は若いが長くモリヒコと共に子らを教えてきたサスケだった。
サスケは、平群の長ヒビキの息子で、ヤマト争乱の中で、美濃や伊勢の大臣の陰謀から、父を救出した少年であった。
「それでは、その者たちはこの場に残り、他の者は鍛錬に出かけよ!」
モリヒコが号令した。
大広間には、タケル、トキオ、ヨシト、ヤスキ、チハヤ、ヤチヨとモリヒコ、サスケが残っていた。
「さて、此度の難波津行きは昨日摂政様から話されていたので概ねは承知しているだろう。行きはヤマト川を船で下る。早朝に出れば、夕刻には着ける。難波津にはしばらく滞在する予定だが、事と次第によっては当分戻れぬ者もあるかもしれぬ。」
「承知しました。」
皆がモリヒコの言葉に答えた。
「それぞれに役を担ってもらうことになるが・・・」
とモリヒコが言った時、ヨシトが口を開いた。
「モリヒコ様、一つお尋ねします。・・あの・・タケル様は本当に我らと同様に従者として行かれるのでしょうか?」
その疑問は、サスケも含めて全員が知りたい事だった。
「ふむ・・では、話しておこう。此度、難波津行きについてはもともと従者の話はなかったのだ。だが、お前たちも良き歳となり、あと数年で春日の杜を出てゆかねばならない。知識や技を習得し、それぞれの郷に戻り懸命に働くことを願っている。だが、ヤマトもこの先どうなるか判らない。今は穏やかでも難しい時も来るかもしれぬ。その時、ヤマトの中だけでは解決できない事もあるだろう。そのために、子どもらに倭国全体を知る力をつけてもらいたいと摂政様は考えられたのだ。それは、皇子であるタケル様とて同じ。だが、皇子という御身分では世の中の正しき姿が見えぬかもしれぬ。一人の従者として難波津に行き、真の世の中を知る機会になればと思われての事なのだ。」
これを聞いて、タケルが答えた。
「私もそれを望んでおります。以前、難波津に行った時は、守役が傍にいて美しきものばかりを見ていたように思います。従者として行くことで民の本当の姿が判るはずです。」
「良い心がけだ。では、この先、タケルと呼ぶことにします。宜しいな。」
皆、摂政カケルの考えが理解できたようだった。
「では、まず、護衛役はトキオに頼む。周囲に目を光らせ、獣から我らを守るのだ。次に荷役にはヤスキとタケルに頼む。記役はヨシトが良かろう。此度の難波津行きを事細かく記して残す役である。済まないが、チハヤとヤチヨには皆の世話役を頼む。それから、サスケ殿には、従者長となっていただきたい。」
皆、声を揃えて「承知しました」と答えた。
「それから、此度は、ウマジ殿とイヅチ殿にも出ていただくことになっておる。都合十人ほどの旅となる。出発までに支度を整えておくように。」
これで、難波津行きの一行は決まり、準備は進められた。
その日、平城の宮から、皇であるアスカと、摂政カケルは二十名程の従者とともに、一足早く難波津へ出発した。アスカとカケルを乗せた大船が、ゆっくりと岸を離れる。その後に従者と荷物を積んだ船が五艘ほど連なり進んでいく。民は皆、見送りに出ていた。
タケルたちも春日の杜の高楼に上り、行く船を見送った。
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