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1-7 年儀の会 [アスカケ外伝 第1部]

次の日、難波津宮の大広間に一堂は集まっていた。
上座に、摂津比古が座り、右手には、東国の国主や代理の者たちが並ぶ。左手には、西国の国主や代理の者が座っている。モリヒコ達は最も下座で摂津比古に対面する位置に座していた。タケルたちはモリヒコ達の後ろに静かに控えていた。
居並ぶ者はじっと何かを待っているようだった。大広間の上座の戸が開くと、紫紺の衣装を纏ったカケルがゆっくりと現れ、摂津比古の後ろに座った。そして、しばらく沈黙した後、上座の後ろに設えられた御簾の部屋に人影が入ってくるのが見えた。
「それで、皆さま、年儀の会を始めまする。」
摂津比古が号令した。皆がゆっくりと首を垂れる。
「皆さま、遠路、ご苦労でした。我が国の有体を存分にお聞かせください。」
御簾の中から声が聞こえた。それは確かに、アスカの声だった。それに続いて、カケルが言葉を発した。
「皆さま、遠路はるばる、お集まりいただき、まことに有難き事です。年に一度、こうして皆様にお会いできる事は何よりの幸せです。これよりは皆、倭国の友として忌憚なきお話をいたしましょう。些細な事でもお聞かせください。大きな火種になる前に皆で力を合わせ良き種にいたしましょう。」
カケルはそう言うと、一同に向かって深々と頭を下げた。
錚々たる顔が並ぶ総勢五十名を超えるほどの集まりである。荘厳な雰囲気で開会したが、集まった者たちの表情は、皆、晴れやかで和らいでいる。
タケルは、皆の様子を見ながら、ここにこそヤマト、いや倭国の安寧があるのだと確信した。
初めて年儀の会に出る者もあり、一通り、名を名乗り、国の様子を話し始めた。居並ぶものの名を聞くたび、カケルが話して聞かせたアスカケの最中に登場する者ばかりで、まるでお伽噺の中に迷い込んだような気持で、子どもらは話を聞いていた。
「大きな憂いのある事は起きていないようだが・・・」
と一通り話を聞いた摂津比古が言うと
「あの、宜しいか。」と立ち上がったのは、かのイノヒコであった。
「我は、吉備の国主の代理、イノヒコでございます。お久しぶりにございます。」
カケルはイノヒコに視線を向けて笑顔で応える。
「吉備の国では、西方の村で、昨年、米の出来が悪く、酷いところでは半分ほどにもなっております。東方には蓄えがあり、黍や稗もある故、すぐには困りませんが、今年も同様であれば飢える者も出るやもしれません。」
「それはいかん。何が起きて居る?」と摂津比古が問う。
「雨が少なかったせいです。夏場に干からびた田もあちこちにありました。海に近い郷では特に酷く、国内で米を融通しておりますが、来年も同様となると間に合わないでしょう。」
とイノヒコが答えた。
「吉備だけではないようです。」
と声を出したのは、アナト国の王、タマソだった。
「我らは内海の船の案内をしておりますが、どうも、このところ、安芸の国の船が少なく、船長に訊くと、安芸の国では多くの郷で米が足らず苦労しているとの事。此度も、年儀の会にも、どうにも出れぬと安芸の国主から使いが参っております。」
「国主は奔走しておるようだな・・。他はどうか?」と摂津比古。
「九重の方は豊作だと聞きました。伊予国もやや不作ではありましたが、日向より米を少し融通いただきました。」と答えたのは、伊予国の王イクナヒコだった。
「どうであろう・・コメの不作は民を不安にさせる元。放置すれば障りになる。国々の米作の出来を調べ、融通しあう仕組みを作れまいか?」と摂津比古が訊く。
「それは良い」と一同が頷く。
「どなたか、取り纏め役をお願いできぬか?」と摂津比古。
「では、ここは、タマソ様に取りまとめていただくというのは如何であろう。いずれ船を使い米を運ぶことにもなる。水運を知るものが米を動かせれば好都合ではなかろうか?」
イクナヒコが提案すると、一同は賛同した。
タマソは少し考えてから答える。
「そのお役目、お受けいたしましょう。ただ、我ひとりでは手に余ります。できれば、吉備や伊予からも適任の方をご推挙いただけないものでしょうか?」
タマソの提案に、イノヒコもイクナヒコも賛同した。
「宜しいでしょうか?」と摂津比古の脇に控えていた摂政カケルが口を開いた。
「讃の国はもともと雨が少なく米作りに苦労されていたようですが、近ごろは、池を用いた方法で解決したとお聞きしました。もし、その技をお教えいただけるのであれば、吉備の国や安芸の国も安心できるのではないでしょうか?」
カケルが、この先の事を提案した。
「判りました。讃の国には、コボウという者が池作りを広げておりました。伊予国でもコボウ殿を招き、取り入れました。こののち、私が、讃の国へ行き、必ず約束を果たせるように致します。」
イクナヒコが答えた。
「それならば、年儀の会が終わったら、私も同行いたします。」
そう言ったのは、イノヒコであった。
「それならば、私も行きましょう。一度、讃の国とは誼を通じておきたいと考えておりました。船でお送りいたしましょう。」
とアナトのタマソが言った。
「それは良い事です。讃の国はまだまだ纏まっているとはいいがたい。できれば、阿波や土佐ともつながりができれば倭国の安寧はさらに強くなるに違いありません。大任ですがお願いいたします。」
カケルは笑みを浮かべながら言った。
「摂政様の勅命としてしっかり務めます。」
とイクナヒコが頭を下げた。
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