SSブログ

2-2 草香の翁 [アスカケ外伝 第1部]

難波津宮で過ごす四人も、自分の為すべきことを探すため、学ぶ日々が始まった。
タケルは、摂津比古の付き人の一人となり、難波津の会に出ることになった。
宮殿前の広場には、沢山の机と椅子が並び、街の人々が座っている。
摂津比古が、ゆっくりと宮殿から広場前の石段に姿を見せた。
「ここに集いし皆さま、これより難波津の会を始める。ここ難波津は、中津海で繋がる西国や九重の方々が往来し、大いに繁栄しておるが、これは一重に、大和の皇であられるアスカ様、摂政カケル様の御導きによるもの。それは、皆も承知しているところであろう。」
摂津比古の言葉に、会に集まったものから歓声が上がる。
「日ごろより、皇様、摂政様は、この倭国の安寧を一番に考えられておられる。そして、倭国の安寧は、西国や九重の国々が穏やかで豊かで、民が安心して暮らせること。そのために、ここ難波津は、極めて重要な場所である。」
再び歓声が上がる。
「ゆえに、ここ難波津は誰にとっても安らかで住みよいところでなくてはならぬ。この会では、皆の日々の暮らしの様子を聞きつつ、困りごとがあれば手立てを相談したいと考えておる。どうか、忌憚ない声を聞かせてもらいたい。・・とは言え、これだけ多くのものが集まっておるのだ。まあ、宴でもしながらゆっくりと話をしようではないか。」
摂津比古がそう言うと、広場には、沢山の料理が盛り付けられた大皿や酒の入った大甕を侍女たちが運び、机の上に並べられた。
「さあさあ、遠慮はいらぬ。」
摂津比古がそう言うと、会に集う皆が料理や酒に手を伸ばし始めた。摂津比古は、自ら甕を抱えて、一人一人に酒を注いで回った。その度に、摂津比古を讃える声が返ってくる。タケルも摂津比古の傍について、話を聞いた。一通り回った後、摂津比古はようやく座に着いた。
すると、一人の翁が、片足を引き摺るようにして、盃をもって摂津比古のところへ来た。酒が回ったのか、少し顔が赤らんでいるようだった。
「お久しぶりでございます。摂津比古様。」
「おや、これは、草香の翁殿。よく参られた。」
そう言って摂津比古は、酒を勧めた。
「タケル、この御方は、今は、草香の翁と呼ばれておるが・・昔は、あの”念ず者”であったのだ。イロヤの軍が攻め入った時、草香の江に茂る葦に火をつけ、見事にこの難波津を守ってくれた。功労者なのだ。」
摂津比古はそう言って、タケルに草香の翁を紹介した。草香の翁はじっとタケルを見つめ、
「もしや、この御方は・・。」
と呟くと、摂津比古が草香の翁の耳元で囁いた。
「やはり、お主には判ったか。そうだ、カケル様とアスカ様の御子、タケル様だ。」
「そうでしたか・・どことなく、アスカ様に似ておいでだ。私は、アスカ様に命を救っていただいた者。御子がお生まれになられた時も、御側におりましたゆえ、どことなく、面影があるように思いました。大きくなられましたな。いや・・これは・・」
草香の翁は、そう言って涙ぐんでいる。
「此度の会は、実は、タケル様の発案なのだ。難波津の安寧のために必要だと。」
「そうでしたか・・・確かに、葛城王がおられたころは、この難波津は都でありながら、まだまだ小さく、事あるごとに集まって話されておられた。いま、この世に人も増え、諸国から人が行き交うと、見知らぬ者も増えましたゆえ、なかなか、互いを知ることは難しくなってきました。こうした会があれば、互いに理解し合えるというもの。良き事です。」
徳坂の翁は頷いた。
「あの、一つ伺っても宜しいでしょうか?」とカケルが切り出した。
「イロヤ軍は、火に巻かれて惨敗したと聞きました。多くの兵の命が奪われ、また、生き残った兵も大半が敗走したと。」
「はい、イロヤ自身は捕らえられましたがな。」と翁。
「その時、逃げた兵がどうしているかご存知ですか?」
「もともと、寄せ集めの兵ですから、それぞれ郷へ戻ったのではないかと・・。」
「実は、そうした兵の中には、皇に弓を引いたことを悔い、郷にも帰れず、この難波津に紛れ息を潜めて生きている者がおりました。」とタケル。
「ほう・・それで、あの詔が出されたという事ですか。これはまた、素晴らしき事。」と翁。
「ですが、そうした者たちは自ら申し出ることはないでしょう。いや、その気力さえ無くして、明日にも命を落としかねない者もいるでしょう。私は、そうした者たちを救いたいのです。何か、お知恵を戴けませんか?」
と、タケルが訊いた。
翁は、真剣な表示で訊くタケルを見て、若き頃のカケルを思い出していた。
「やはり、血は争えませんな・・・タケル様は父上以上に優しいお方のようだ。カケル様は戦の後、兵たちを赦し、命を奪う事はなさいませんでした。人には生きる役割が必ずあるのだとおっしゃっておいででした。我ら、念ず者と呼ばれた者も、カケル様とアスカ様に出会い、病を治してもらい、名までいただき、さらに、難波津のために役だつ仕事までいただいた。おそらく、息を潜めて生きて居る者たちにも、そうした手が差し伸べられる事が必要なのでしょう。」
と翁が言った。
「そうした者たちを探し、手厚く施しをするということか。だが、それでは上手くいかないであろうな。」と摂津比古。
「はい、施しは、一時的なもの。いずれ、その話を聞き、諸国から良からぬ輩も集まってくるに違いないでしょうなあ。」と翁。
「では、どうすれば良いか?」と摂津比古。
「こういう時こそ、この会で、皆の考えを聞いてみれば良いでしょう。」と翁が言った。
「そうか・・。」
そう言って、摂津比古は広場の前に設えた台に上がった。
1-12岸辺と船.jpg

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント