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2-3 シルベ [アスカケ外伝 第1部]

「皆、済まぬが聞いて貰いたいことがある!」
摂津比古がひときわ大きな声で言うと、広場は静まった。そこで、摂津比古はタケルを台の上に上がらせた。
「ここにおるのは、大和から難波津へ学びに来ておる者。名は、タケルという。この者から話がある故、聞いて貰いたい。さあ、タケル殿。」
摂津比古はそう言うとタケルを中央に立たせた。
タケルは、皆の前に立ち、大路の裏で見た貧しき暮らしの者の話をした。
「確かに、かの者は罪人です。しかし、皇様が赦免なさいました。これから、この難波津の一人として働く事が肝要。そのためにいかにすればよいかお知恵をお貸しください。」
皆、押し黙ってしまった。路地裏には、悪しき者も潜む。だからこそ、皆、関わらぬようにしてきたのだ。
「路地裏には怪しき者、悪しき者が潜んでいるのだ。そいつらをどうする?」
誰かが口を開いた。
「ああ、そうだ!うちの館も、荷を盗まれた!」「俺のところもだ!」
「そんな奴らと関わりを持つのは御免だ!」
盗賊らしきものが潜んでいるのは明らかで、否定的な声がいくつも飛び出した。
このままでは、解決の糸口すら見つからない。皆、被害に遭った事や心配事を愚痴るようになっていて、摂津比古も皆の様子を見て、眉をひそめた。
「聞いてください!!」
そう叫んだのは、チハヤであった。その声に一同は静まった。
隣には、シルベと、吉備の館にいた老女が立っている。
老女が、シルベの背を押し「さあ、出番だよ。」と言った。
シルベは、チハヤと老女を見て、強く頷き、タケルのいる台に上がった。
「皆々様、私は、元イロヤ軍の兵、シルベと申します。」
第一斉に、広場にいた者たちがざわついた。
「これまで、自分の行いを悔い、息を潜めて生きておりました。終に、命が尽きると思っていた時、タケル様たちに出会いました。その後、吉備の皆さまに介抱いただき、どうにか生きております。私と同じ境遇で苦しんでいる者が、路地裏にはまだまだおります。どうか、お助け下さい。」
シルベはそう言って、土下座をした。その光景は痛々しかった。
それを見ていた、草香の翁が台の上に行き、シルベの手を取り、言った。
「止めなされ。もはや、罪は赦されましたぞ。」
「いえ・・御赦免いただいても罪は罪。ただ・・私の様な罪人ではなく、体を壊し、病となり動けなくなり、大路で仕事を無くした者が大勢居ります。かれらには何の罪もありません。ただ、死を待つのみの身の上になっております。しかし、そこに付け込んで、悪事を働く者が紛れ込んでおります。そうした輩だけでも、路地裏から追い出したいのです。」
路地裏は、悪事の巣窟のように思っていた大路の人々は、戸惑っている。
「衛士に取り締まりを強めさせたが、なかなか上手くゆかぬ。悪事を働く者は知恵も働く。貧しき者の中に紛れる術もしっておるようだ。何か良い知恵はないか?」
と摂津比古が訊いた。
「それなら・・」と声を上げたのは、ヤスキだった。
ヤスキは、港の人夫達とともに、会に出ていた。
「港にはたくさんの人夫がいます。誰がどこの仕事をしているかが判るよう、皆、目印を持っております。だから、荷も間違いなく運べる。これを持っていないものが紛れると大変なことになります。」
ヤスキはそう言うと、胸元から四角い札を取り出して見せた。何か記号の様なものが入っている。一緒に来た人夫達も、ヤスキと同様に胸元から木札を出して見せた。
「大路も、人が増え、知らぬ者ばかりになったから、悪人が見分けられないのではないでしょうか。ここに住む者が、皆、このような札を持てばよいのではないでしょうか。」
と提案した。
漠然とした考えのようだが、それを聞いて、はたと摂津比古は、アナト王タマソが言っていた事を思い出していた。
『・・・中津海を航行する船は、共通の印(しるし)を持っている。それは、紺色の布。カケルがアスカケの最中に来ていた衣服の切れはし。これを持つものはみな、大和国の絆を持つものとして信頼するのだ・・・』
だが、難波津に集うものに、全てそうしたものを持たせることは容易ではない。例え持てたとしてもそれを盗む者が出れば元も子もない。
「怖れながら・・」
と言って口を開いたのは、吉備の老女だった。
「先日、タケル様たちの願いで、シルベ様たちの住まわれている路地裏に饅頭と水を運びました。我ら、吉備の館の裏手でそれ程広くないところですので、すぐに皆さまに行き届くことになりました。」
「ほう・・それで?」と摂津比古。老女が続ける。
「同じように、大路に館を構える者が、自らの館の裏筋を知る事が出来ればよいのではないでしょうか?それなら、そこに悪事を働く者が紛れ込んでもすぐに判る。その者たちを追い出せばよいのです。」
「ほう・・大路を細かく分け、館ごとに治めるという事か・・」と摂津比古。
聞いていた皆が頷く。
「良かろう。では、大路に館を持つ者は、顔役となり、そこに住まう者の名をまとめよ。そうだ、その館の名を筋名としよう。吉備の筋、安芸の筋・・どうじゃ?併せて、薬事所とも手を取り、病人の事と併せて取り組んでもらいたい。・・では、タケルたちに取りまとめを任せるとする。皆、力を合わせてもらいたい。良いな。」
摂津比古が会の考えをまとめた。宴はその後、遅くまで続いた。
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