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2-4 弁韓の男 シンチュウ [アスカケ外伝 第1部]

タケルは、次の日から難波津の館を回った。
大路は難波津宮の大門から南へまっすぐ伸びていて、両側には港から運ばれた産物を納める蔵を持つ館が並んでいる。
タケルは、ヤスを案内役にして、館を一つずつ回り、館の裏の様子を確認し、筋割りを決めていった。ヤスは、宿主の使いで、方々の館に出向いていた事もあり、館主の人柄も心得ていて、たいていの館では、快く受け入れてくれた。
「タケル様、次の館は、少々、骨が折れるかもしれません。」
ヤスは心配げに言った。
「難しい御方なのですか?」
とタケルが訊くと、
ヤスは「海を越えて来られたのです。」とだけ答え、大路の一番はずれにある館へ案内した。
館の玄関を入ると、明らかに、大和では見た事もない装飾が施された棚に、巻物や書物や宝飾品が並んでいた。声を掛けるとすぐに奥から主人らしき人物が現れた。
その主人は、白い顎髭を伸ばし、髪の毛は長く一つに束ねられ、特別な形の帽子を被っている。紫に染め抜いた袖の長い衣服には、金や銀の装飾が付いている。
「おや、これは珍しい御方が参られた。・・ああ、そうか、難波津宮の使いでしたな。」
その主人は、そう言うと、背の高い大きな椅子にゆっくりと座り、二人にも座るように進めた。
すぐに、奥から侍女が器を運んでくる。小さな器と急須の様なものが並び、主人はそれを手にすると、湯を注ぎ、緑色の飲み物を器に入れて、二人に勧めた。まだ、この時代、お茶を飲む習慣はなく、二人は、初めて目にするものをおそるおそる口にした。
「これは、茶というもの。我らの国では、これを日に何度も飲む。体を癒し、病魔を退散させてくれる有難いものなのだ。」
主人はそう言うと、自分の器にも注ぎ飲んだ。
「わしは、シンチュウと申す。弁韓の国の者である。難波津には三年ほど前に参り、ここで商売をしておる。」
主人は、意外に丁寧に応対してくれているようだった。
「ご用件は判っておる。すでに、我が館の裏手は調べを済ませ、貧しき者や病の者などは居らぬ。全て、我が弁韓の国の者ばかりゆえ、御検分には及ばぬと思うが・・。」
それは、どこか、付け入る隙を与えないような言い方だった。
「難波津の会にはおられなかったようですが・・。」と、タケルが訊くと、
「あれは、倭国の集まり。我らの様な者が出るものではない。」
と、シンチュウは、少しほくそんだような表情を浮かべて答えた。
「いや、この難波津に住む者、皆に、出ていただくようお願いしておりましたが。」
と、タケルは言ったが、シンチュウは首を横に振るだけだった。
「なにゆえ、そのように思われるのかお聞かせいただきたい。」とタケルが重ねて問う。
「この倭国・・いや、難波津の政など、わが祖国と比べれば稚拙。皆が集まり相談するなど無駄な事。此度の事も、大王が号令をかければ済む事ではないか。」
タケルは、シンチュウの言葉から、弁韓の人間としての誇りと苛立ちを強く感じ取った。
「弁韓国とはどのようなところなのですか?」とタケルが訊く。
シンチュウはタケルの問いに少し考えてから言った。
「わが祖国は、海を越えた大陸の玄関口。小さな国が手を取り、国を作っていた。・・だが、・・いや、だからこそ、隣国、辰韓や百済から絶えず攻め込まれ、戦が絶えず、民は皆、強き王を求めておった。金海の長、キスル様が王位に就き、強き国となったのだ。」
「キスル様とはどのようなお方なのでしょう?」とタケル。
「聡明なお方だ。兵を率いて国境での戦に勝利し、百済や辰韓を退けた。民は、皆、安心して暮らせるようになった。すべての事はキスル大王がお決めになり、民へ号令をかけられる。我らは、キスル大王のために生き、働き、命を捧げる。わしが難波津へ来たのも、大王のご命令によるもの。」
「それで、弁韓の民は、豊かで穏やかな暮らしができるのですか?」とタケル。
「民は、王の僕(しもべ)。どれほど苦しい暮らしであっても、大王の望みを叶える事こそ我らの願い。」とシンチュウは言い切った。
タケルは、シンチュウの言葉に底知れぬ怖さを感じていた。父カケルも、アスカケの中で、幾度か戦で勝利したが、それは、弱き民を守るためであり、悪しき者を退ける戦であった。そして、国を纏める『摂政』となった今も、民を僕などとは考えていない。だからこそ、皆が、手を携え、助け合い、豊かで安心して暮らせる国が出来たのだと考えていた。
「今は、もう戦は無いのでしょうか?」とタケルが訊く。
「いや、あやつらは、隙あらば攻め入る悪しき者たちだ。だからこそ、キスル大王の命令で、国境には多くの兵を置き備えて居る。」とシンチュウは答える。
「百済や辰韓は、何故、弁韓に攻め入るのでしょう?」とタケルが訊く。
「それは・・」と言って、シンチュウは答えを探していた。
「百済や辰韓は、弁韓を攻めて、何の得があるのでしょう?」と再びタケルが訊く。
シンチュウはまだ答えを探しているようだった。
「私は。大和の国、春日の杜で学ぶ者です。大和争乱の話を舎人様から何度も聞きました。争乱の元は、国を治める者の誤り。己の欲を満たすため、民を虐げ、他国を犯すのだと。戦は民を苦しめるもの、二度と争乱にならぬよう力を尽くせとも教わりました。」
と、タケルが言う。
「百済や辰韓も弁韓国も、戦をすることで民は苦しんでいるのではないでしょうか?戦を避ける事を皆望んでいるのではないでしょうか?キスル大王はどのようにお考えなのでしょう?」と、タケルは問い続ける。
「いや、大王の命令は絶対なのだ。我らは大王あってのものなのだ。もう、お前の話など聞きたくない。帰れ!!」
シンチュウはタケルの問いに答えられず、タケルたちを追い出した。
「骨の折れる方でしたでしょう?」
シンチュウの館を出て、ヤスがタケルに声を掛けた。
「ああ・・だが、きっと、あの御方もきっと解ってもらえると思いたい。」
タケルはそう言うと、次の館を目指した。
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