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2-5 異人たちの思い [アスカケ外伝 第1部]

シンチュウの館を出て、数軒の館を回ったところで、ヤスが足を止めた。
目の前で、数人の男が激しく言い争いをしている。その装束から、大陸から来た異人のようだった。
この頃、難波津には、シンチュウのように、大陸から海を越えて韓や中国などからの異人が増えていた。彼らは、大陸で作られる珍しい焼き物や装飾品を携え、金や銀と交換していた。彼らはそれを「商売」と呼び、自らの蔵や家を「店」と呼んだ。そしてこれらの言葉が徐々に難波津でも使われるようになり、海を越えてやってくる装飾品や焼き物などを金や銀と交換する事が増え始めていた。次第に、金や銀が、米に代わって交換の軸になっていた。
タケルは、その男たちを取り巻いてみている者に近づき、成り行きを聞いた。
「よく判らないが・・約束した金と米の量が合わないってのが、揉め事の元のようだな。まあ、近ごろはよくある事なんだがな・・うちも、この間、大損したんだよ。」
その男は、ちょっと悔しげな顔をしてそう言うと、その場から立ち去った。暫くすると、衛士が十人程現れ、事の次第を聞き、すぐに帰っていった。
「ヤス様、ああいう事はしばしばあるのですか?」とタケルが訊く。
「ええ、異人様たちの間ではあるようです。でも、衛士の方は、異人の中の揉め事には、立ち入らない事にしておられるそうです。」
タケルは、このまま放置すれば、いずれ大きな諍いが起きるのではと懸念した。それから数軒回ったところで、ヤスが立ち止まる。
「今度は何が?」とタケル。
「いえ・・この先に、辰韓からいらした方の館があるのですが・・・。ほら、あそこです。」
と、ヤスはその屋敷を指さした。
辰韓国は、シンチュウの国、弁韓国への侵略を繰り返している国である。真実を確かめるには、直接聞くのが良い。タケルは館の玄関に入った。
玄関を入ると大きな広間になっていて、大きな食台と椅子が置かれているだけの、意外に質素なつくりだった。
「すみません。」と声を掛けると、奥から若い娘が出てきた。その娘はタケルの顔を見て不思議そうな顔をして「何の御用?」と言った。まだ、大和の言葉に慣れていないのがすぐに判った。
「摂津比古様の使いで参ったタケルと申します。こちらは、案内役のヤス様。」
そう言うと、その娘はにこりと笑って「そこに座って。」と言い、奥に戻って行った。
すぐに奥から、細身で小さな男が出てきた。
「御用向きは判っております。私は、辰韓の館の主、ウンファンと言います。先の会で、筋ごとの検分は承知しております。さあ、どうぞ。」
物腰は柔らかく、難波津の会にも出ていたようだった。タケルたちは館の主の案内で、館の奥から、屋敷の裏を検分した。奥には、小さな蔵が一つあり。数人の人夫と侍女らしきものが仕事をしていた。
「この館は、イノクマ様から譲り受けました。わが祖国は、小さき国にて、特段の産物もなく貧しい国です。しかし、弁韓国から幾度も戦を仕掛けられ、戦火を逃れ、多くの者がこの倭国へ参りました。我が館は、そうした者たちを助けております。・・難波津の会で、悪さをする輩の話が出て、心を痛めておりました。」
ウンファンは、悲しい表情でそう言った。
「まさか、倭国へ逃れてきた辰韓の方たちが悪さをしていると?」
と、タケルは訊いた。
「わが同胞だけではないでしょうが・・やはり、我らは、異国の言葉を話し、人目に触れる事を嫌い、夜の闇の中で動く事が多く、不審に思われても仕方ない事。それ故、この館に一人でも多くを匿い、倭国の者と共に暮らせるよう、助けているのです。」
ウンファンは正直に答える。タケルも正直に話すことにした。
「先程、弁韓国のシンチュウ様とお会いしました。弁韓国では、百済や辰韓が国を犯すからと兵を集め国境を守っているのだとお聞きしました。」
「それは何かの間違いです。辰韓は、弁韓国よりも小さく、力もありません。他国を犯すなどとは・・むしろ、我らの方がなす術もなく、祖国を追われる始末なのです。」
真剣な表情でウンファンは答える。
タケルは、その言葉に嘘はないと確信した。
「先程の娘も、ひと月ほど前にここへ着いた者の子で名はジウと言います。まだ、言葉が十分でありませんので、ここに置いているのです。父母は、イノクマ様の御世話になり、今、港で働いております。」
「弁韓のキスル王の事はご存知ですか?」とタケルが訊いてみた。
「さあ・・ただ、弁韓国は、長引く争乱を大王が平定したと聞きました。おそらく、それがキスル王なのではないでしょうか?それ以来、我が祖国への侵略も多くなりました。」
どうやら、戦を仕掛けているのは、弁韓のキスル大王なのではないか、そして、自らの欲のために他国へ侵略を進めているのではと思われた。
ひとしきり、話を聞いた後、ウンファンの案内で、タケルは屋敷の裏に出た。
そこから、海までは僅かの距離で、小舟が何艘か係留されていた。そして、その周りに、痩せこけた男と女が数人座り込んでいる。
ウンファンは、すぐに駆け寄り、祖国の言葉で何か話している。そして、すぐに先ほどの娘に、奥へ人を呼びに行くように言いつけた。すると、蔵に居た人夫が走り出て来て、館の中へ抱えて運んで行った。
「お見苦しい所を・・・先ほど到着したようです。暫くまともな食事をしていなかったために動けなかったようです。」
と、ウンファンは、また、悲し気に話した。
「また、伺います。」タケルはそう言うと、ウンファンの館を後にした。古代韓国2.jpg

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