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2-6 異国の壁 [アスカケ外伝 第1部]

古代韓国1.jpgタケルは、それからも数日、ヤスの案内で、大路の館を一回りし、当初の目的である「筋割りと顔役」を決めていく仕事をした。
その頃には、薬事所からの侍女たちが、あばら家の様子を確認し、病人は薬事所へ運び治療が始まっていた。その侍女たちの中に、チハヤがいた。
タケルが、伊予の館がある筋を検分している時、忙しそうに走り回るチハヤと、シルベに出会った。シルベは、チハヤと共に、あばら家を回り、病人や暮らしに困窮している者を見つける仕事を手伝っていたのだった。
「タケル様、いかがですか?」と、声を掛けてきたのはシルベだった。
「ほぼ、筋割りと検分が終わります。シルベ様は、今、薬事所を手伝っているのですか?」
と、タケルが訊くと、
「吉備の館の仕事もしております。ありがたいことに、仕事の無い時は、薬事所の手伝いを許され、こうしてチハヤ様を手伝っております。あばら家には、私の知る者もあるので、案内役です。」
と、シルベが答える。
「いかがですか?進んでいますか?」とタケルが訊くと
「薬事所の方たちが熱心に動いていただき、館の皆さんにも手伝っていただけたおかげで、かなり進みました。ですが・・・。」
と、シルベは顔を曇らせて言葉に詰まった様子を見せた。
そこに、チハヤが現れた。
「タケル様・・ちょうど良いところでお会いしました。一つ、ご相談があります。」
チハヤは、自分たちの館に居る時とは違って、妙に畏まった言い方をして続けた。
「あばら家の中に、異国からの方がいらっしゃいました。言葉が通じず、困っております。私たちが行くと、どこかに隠れてしまわれて・・・何かお知恵はありませんか?」
「やはりそうですか。先日、辰韓の館で、戦火を逃れてここへ逃げてきたという話を聞きました。・・・そうだ、辰韓の館のウンファン様に相談してみましょう。」
と、タケルは答えた。
「辰韓の館?・・異国の方の館があるのですか?」とチハヤ。
「こちらです。」と案内役のヤスが先導した。タケルは、すぐに、チハヤとシルベを連れ、大路を南へ向かい、ウンファンの館へ向かった。タケルが、館の玄関を入ると、すぐに、先日出迎えてくれた娘、ジウが出て来て、ウンファンを呼んだ。
「主は奥にいる。」
たどたどしい大和の言葉でジウは告げ、タケルたちを案内して屋敷裏に行った。
そこには、十人程が、前のように、薄汚れてボロボロになった服を着て、やせ細り疲れ切った様子で座り込んでいた。
ウンファンは、タケルたちが行くと、その者たちを隠すような素振りを見せた。すぐ後にいたチハヤが、その者たちの傍に走り寄り、顔や掌、腕や足の状態を診た。
「すぐに薬事所の方を呼んで下さい。」
その声に、シルベが反応して、慌てて通りに出て行った。
「この方たちは・・戦火から逃れて来られた方達なのですか?」
と、チハヤがウンファンに訊く。
ウンファンは哀しげな表情を浮かべ頷き、口を開く。
「我らはこうした者を匿っております。おそらく、大船の中に紛れるようにしてきたのでしょう。暫くはまともな食事もしていないはず。ですが、我らには財力がなく、薬も手に入らず、充分な手当てがしてやれません。中には、ここまで辿り着き、亡くなる者もあります。」
「私は今、薬事所で、困っておられる方や病気の方をお助けする仕事をしております。私たちにお申し出ください。」と、チハヤが答える。
「しかし、我らは異国の者。倭人ではない者がそのような施しを受ける等と・・」
と、ウンファンが言うと、
「命に関わる時、倭人であろうと異国の方だろうと関係ありません。」
チハヤは少し語気を強めて言った。
その言葉に、ウンファンは涙を浮かべている。
そこに、シルベが数人の薬事所の侍女と人夫を連れて戻ってきた。すぐに、侍女たちが一人一人の様子を診て、人夫達に指示して、順番に戸板に乗せ、薬事所に向かった。
「きっと、これで大丈夫でしょう。他にも心配な方が居ればお申し出くださいね。」
と、チハヤが安堵した様子で言った。ウンファンは、チハヤに深々と頭を下げた。
「実は、こちらに参ったのはお願いがありまして・・。」
タケルは、薬事所の一行を見送りながら、ウンファンに切り出した。
「今、通りの裏にいた人々を救うため、館の顔役様や薬事所の方達が動いております。」
「ええ・・存じております。」
「その中には、異国の方も紛れているようで、おそらく、韓の方達ではないかと思うのです。しかし、言葉が通じないために、不信に思われ、お助けできないのです。できれば、我らと御同行願って、説得いただけないかと。」
「辰韓の者であれば、むしろ、こちらから願い出たいほどでございます。ですが、私はこの館での務めがございます。・・それならば、ジウに行かせましょう。通訳とまではいかないでしょうが、私から事の次第を伝え、それらの者を説得させましょう。」
ウンファンはそう言うと、ジウを呼び、経緯を説明した。ジウは、タケルとチハヤをじっと見つめた後、強く頷いた。
カケルとチハヤは、ウンファンに礼を言い、ジウと共にすぐに通りの裏へ向かった。
途中、ジウに、チハヤが訊く。
「大和の言葉どれくらいわかる?」
「少し・・ゆっくり話して・・判る・・」
と、ジウは、少し恥ずかしそうにして、単語を並べるように答えた。
「大丈夫よ。」とチハヤが笑顔で返した。

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