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2-7 辰韓の娘 ジウ [アスカケ外伝 第1部]

タケルたちが大路通りの裏に入ると、薬事所の人夫と侍女が数人、一軒のあばら家の前で立ち尽くしていた。
「どうしたのですか?」とチハヤが駆け寄り尋ねると、
侍女の一人が困った表情を浮かべて言った。
「中に、病の人がいる様なのですが、戸を閉ざして入れてくれないのです。」
チハヤが、壁の隙間から、そっと中を覗いてみた。僅かに差し込む光で、数人が身を寄せ合うように座り込んでいて、筵に横たわる人の姿も見える。侍女の言う通り、病人がいる様だった。傍にいたジウもそっと中を覗いた。そして、チハヤにそっと言った。
「あれは・・辰韓の人・・・あの服・・間違いない。」
チハヤはそれを聞いて、ジウに「話してみて・・助けたいと・・」と告げる。
ジウはこくりと頷くと、戸口の前に立ち、辰韓の言葉で中の者に呼びかける。
暫くして、戸が開き、中から男が一人顔を見せた。再び、ジウはその男に辰韓の言葉で話をする。男は何度か首を横に振るが、ジウは熱心に話し続けた。
タケルとチハヤには、言葉の意味は解からなかったが、真剣な眼差しで、男に話し続けるジウの気持ちは充分に解った。ついに、男は納得し、戸口を開き、侍女と人夫を入れた。病人はすぐに戸板に乗せられ、薬事所へ運んだ。その家族らしい者たちがそれに同行した。
「やっぱり・・辰韓の者。・・昨日の夜、ここに来た。だけど・・主の館、判らなくて隠れていた。・・倭人は怖いと言った。・・・それと・・・弁韓の者がいた。・・だから、隠れていた。」
たどたどしい大和言葉で、ジウは説明する。
「残られている人をウンファン様の館にご案内しましょう。」
チハヤがジウに言うと、ジウは、にこりと微笑んで言った。
「もう、彼らに・・話した。・・館の場所、判る。自分たちで行く。大丈夫。私、チハヤ様を手伝う。もっと、大和の言葉・・おぼえたい・・。」
チハヤは、タケルの顔を見た。
「良いでしょう。ウンファン様からもお許しはいただいたのです。暫く、ともに動くと良い。ジウ様さえ良ければ、我らの館に来ればいいでしょう。」
と、タケルが言うと、ジウは、満面の笑みを浮かべた。
「ところで、ジウ、歳はいくつなの?」
とチハヤが訊く。
ジウは少し考えてから「じゅう・・し・・」と答えた。
「まあ・・それじゃあ。私と同じよ。タケル様より、お姉さんだわ。」とチハヤが驚いた。
チハヤに比べて、ジウは背が低く色白で細身だったし、たどたどしい言葉使いだったために、自分より随分と歳下だと思っていたのだった。
「二人は、薬事所へ行ってください。先ほどの人達はきっと言葉が通じず困っているでしょう。傍にいた方が良い。私はもう少し、館を回ります。」
タケルは、そう言って二人と別れ、ヤスと共に再び、大路へ戻って行った。
チハヤとジウは、侍女たちとともに薬事所に戻った。この頃、薬事所の中には、「治療所」が置かれていて、多くの病人が治療を受けていた。
タケルの予想通り、治療所の一角で、さきほどの辰韓の者達と侍女たちとが互いに困り顔でいた。
「ジウ、お願い。」とチハヤが言うと、ジウは頷く。
ジウは、辰韓の言葉で彼らに話しかけ、体の具合を丁寧に聞き、侍女たちに伝えた。
侍女たちは、手早く分担すると、まず病人の汚れた服を脱がし、体を洗い、清潔な服に着替えさせた。そして、薬事所の中の日当たりのよい部屋で、体を横たえ、水や粥を食べさせ、薬を煎じて飲ませた。一連の動きは見事だった。
手当てが始まると、ジウは付き添っている家族と思しき人達に、難波津の事や薬事所の事などを話し、皆、安堵したようだった。そして、ウンファンの館へ行くように促した。暫くすると、病人以外の者達は、連れ立ってウンファンの館へ向かった。
「ジウ、ありがとう。助かったわ。」とチハヤ。
「はい。」と、はにかむような表情で、ジウは答えてから、薬事所のあちこちを興味深く観察し、「素敵な・・ところ。」と呟いた。
そこに、薬事所の纏め役をしているナツが姿を見せた。ナツは、アスカが難波津に来た時から傍について『治療院』を立ち上げた。『治療院』は、『薬事所』の中の一つの機能となっていて、『薬事所』は、薬草や病の研究、治療の方法の習得等、総合的な役割を担うほどになっていて、大和諸国から多くの若者が学ぶ様になっていた。
「ここは、アスカ皇様が開かれたのです。難波津で“念じ者”と呼ばれていた、肉が腐る病に罹った人達を治すため、自らが病人の体を洗い、薬を見つけ、熱心に働かれました。私も、アスカ様の御側でともに学びました。今では、大和諸国から多くの者が学びに来るようになり、各地に治療院ができました。」
ナツが、薬事所の説明をした。それを聞いて、チハヤが言う。
「私もここで、病や薬草の事をしっかり身につけて、いつかお役に立てるようになりたいの。」
チハヤが言うと、ジウはちょっと難しい顔をして、
「ごめんなさい・・難しい話は・・判らない・・。でも・・・病気、治すのは大事。私も、知りたい。・・・みんなの、喜ぶ顔、・・見たい。」と言った。
「一緒に勉強しましょう。」とチハヤはジウの手を握った。
「ここの基礎は、唐や韓から我が国へ伝えられた知識なのです。聞けば、そなたは辰韓の者とのこと。それならば、きっと、我らがまだ読み解けない書物から新しきものを見つける事ができるかもしれません。力を貸してください。」
と、ナツが言う。
「韓の知識?・・・・役に立てる?」
ジウは、夏の言葉の半分ほども理解できなかったが、ナツの温かい眼差しを見て、嬉しさが込み上げてきた。
「頑張ろう。」とチハヤが再びジウの手を握った。
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