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2-9 取引の定め [アスカケ外伝 第1部]

タケルは、昨夜、聞いた通り、ジウの案内でウンファンの館へ行った。挨拶もそこそこに、タケルは用件を切り出す。
「ウンファン様、天秤というものはございますか?」
「ああ・・これですかな。」と言って、ウンファンは、古びた棚の中から、天秤を取り出した。タケルは、天秤の実物を初めて見る。
「このようにして使うのです。」
と、ウンファンは、木箱を取り出して、中から小さな錘を幾つか取り出し、皿の上に置いた。ゆっくりと左右の皿が揺れ、すぐに水平で止まった。
「一番小さな錘を、一銖(しゅ)といい、これを幾つ乗せると釣り合うかで、重さを定めます。二銖、四銖、八銖、十六銖等を組み合わせて使います。二十四銖で一両、十六両で一斤、三十斤で一鈞、四鈞で一石・・・これが辰韓国で定められている重さです。」
ウンファンは、木簡の束を広げて説明する。タケルは興味深く見ている。その様子を、なぜかウンファンは嬉しそうに見ている。
「この錘は、どのようにして作られているのでしょう?」
と、タケルが、ふいに顔を上げて訊く。
「実は、私は、辰韓に居た時、天秤細工の職人をしておりました。錘は、辰韓国ではなく、遠く、秦国から持ち込まれたものを原型にしております。ほとんどの場合、それは、郷の長が持っております。職人は、錘の木型を作り、溶かした青銅を流し込み作ります。出来上がった錘を、原型の錘と天秤で計り、正しいものだけが使われます。」
ウンファンは、饒舌に語る。
「金や銀もこうしたものを使って重さを計り、取引するのでしょうか?」とタケル。
「もちろんです。誤魔化しの無いよう、錘は必ず正確でないといけません。ただ・・。」
とウンファンの顔が曇る。
「どうしました?」とタケル。
「どうしても、誤魔化したい心を持ち、錘を勝手に作る者が出てきます。そうなると、天秤の信用は無くなり、諍いになります。」
「どうすればそれを防ぐ事が出来ましょう?」とタケル。
「例えば、難波津・・いや、大和全体で諍いが起きないようにするには、この錘を宮様がお造りになり、その証を錘に打つのです。間違いのないものだという証明をつける。そうすれば、これを使った取引は間違いないと信用されます。」
と、ウンファンが言う。
「ウンファン様、私は摂津比古様から、この難波津で取引の諍いごとを無くすため、目安を定めるよう命じられております。是非、私に力をお貸しください。」
タケルは真剣な眼差しでウンファンに話す。
「それは、宜しいのですが・・・何をすればいいのでしょうか?」とウンファン。
「天秤ばかりと錘を作ってもらいたいのです。それを難波津の全ての館に置くのです。材料や人手は何とかします。まずは、私と一緒に、宮殿へ行きましょう。」
「判りました。すぐに支度をします。」
ウンファンは奥の部屋に戻り、着替えを済まし、数人の用人と共に支度を整えた。
タケル、ウンファン、ジウと数人の用人は宮殿に向かう。摂津比古はちょうど、宮殿前の広場にいた。
「摂津比古様!」とタケルが駆け寄る。
そして、ウンファンを紹介すると、天秤ばかりを広げて、先ほどの話を摂津比古に聞かせた。
「なるほど・・・たしか、薬事所でもこれと同じものは見たことはあったが、重さの元となるものには考えも及ばなかった。・・で、これを何とする?」と摂津比古が訊く。
「まず、この難波津・・いや、ヤマトの重さの元を定めます。そして、それを基に、いくつかの単位を決めます。そして、御触書にて、難波津に館を構えるものに使わせるのです。原器になるもの、錘なども、ウンファン様に作っていただくのは如何でしょう。」
と、タケルは答えた。
「それで、取引の諍いは無くなると申すか?」と摂津比古。
「いえ・・おそらくそれでは諍いは無くなりません。私も初めは、米と金の取引の目安を定める事で諍いは無くなると考えておりましたが・・ウンファン様の御話を聞き、結局、自分だけ利を得たいと考える者は、策を練り誤魔化そうとします。それができない様な定めが必要だと気付いたのです。」とタケル。
「それが重さの元を作るという事か・・」と摂津比古。
「はい、まずは重さという基準を定めます。その上で、今、館ごとにどのような取引がなされているかを調べます。米一俵がいかほどの金と取引されているかを調べ上げれば、どれほどの違いがあるのかが明らかになります。そうなれば、より多くの金と取引できるところに米を持って行くでしょう。・・布や紙・・あらゆるものの重さが判れば、おのず公正な取引が導かれましょう。」とタケルが答える。
「良かろう・・で、その元になる重さはどうするのだ?」と摂津比古。
「怖れながら申し上げます。我が辰韓国では、国王から郷の長に原器が渡されます。それを持っている事こそ、長の証となっております。ごまかしが生まれないためにも、何か、宮殿にしかないものが良いのでは思いますが・・」とウンファンが答えた。
摂津比古は、宮殿の大屋根の方を振り返り思いを巡らせていた。そして、はたと思いついた。
「それならば、良いものがある。暫く待っておれ。」
摂津比古は、そういうと宮殿の本殿の石段を上っていき、奥へ入って行った。
「ウンファン様、ありがとうございます。」とタケル。
「いえ・・これで良かったのでしょうか?」とウンファンが答える。
「ええ・・大丈夫です。」とタケルが答えた。
暫くすると、摂津比古は嬉しそうな顔をして石段を下りてきた。
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