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2-10 黒水晶の玉 [アスカケ外伝 第1部]

「これはどうか」
と、摂津比古がタケルたちの前に掌を広げて見せる。小さな黒い玉(ギョク)がある。
「これはな・・先の皇葛城王が身につけておられた首飾りなのだ。摂政カケル様が、国造として、大和平定の任を負って出発された際、郷との絆を繋ぐために、証となるものを所望されて賜ったものなのだ。・・皇家に代々伝わる有難きもの。ヤマトの国々の王や長も持っておるはずだ。どうじゃ?」
と、摂津比古は、タケルに手渡した。小さな黒水晶の玉はきらりと光った。ウンファンにも手渡してみた。ウンファンは、目を閉じ、掌に載せてじっくり重さを感じているようだった。
「宜しいのではないでしょうか・・」とウンファン。
「では、これを基に・・辰韓のように決め事を考えねば・・」と摂津比古。
「辰韓では、銖、両、斤、鈞などと定めておるとお聞きしましたが・・」とタケル。
「いえ、それは止めた方が良いでしょう。・・ここには、辰韓だけでなく、弁韓や百済の者もいます。それぞれ同じような決め事があり、似ておりますが、少しずつ違っております。おそらく、同じ言葉を使うと、諍いの元になりましょう。」と、ウンファンが言う。
それを聞いて、摂津比古はハッと思いついたように言った。
「それならば、一番の元は、一玉(ぎょく)ではどうか。それが百で一連(れん)、それを百で一条(じょう)、百条で一石(こく)・・どうじゃ?」」
と、摂津比古が問う。
「宜しいでしょう・・では、それを定めとしましょう。そして、基になる錘と天秤は、ウンファン様にお造りいただきとうございます。必要な材料や人手は、摂津比古様にお願いしとうございます。」とタケルが言う。
「ウンファン殿、遠慮なく申されよ。工房が必要であれば。宮の中に置いて良いぞ。」
と摂津比古は笑顔で応えた。
「有難き事。・・我が館では手狭にて、是非とも、工房をお願いいたします。」
とウンファンは答える。
「良かろう。すぐに手配しよう。他にはどうか?」と摂津比古。
それには、タケルが答えた。
「天秤と錘が、出来次第、それぞれの館に、摂津比古様直々に命を下され、お渡しいただけないでしょうか?」
「それは良い。この天秤と錘を使い、公正で正直な取引を行うよう命じるということだな。」
摂津比古は満足そうだった。
「ところで、ウンファン殿、今、韓では争いが続き、辰韓の者が逃れて難波津にも来ておると聞いたが・・・。」
と摂津比古が尋ねる。ウンファンは驚いてタケルの顔を見た。タケルは頷く。
「恐れ多くも・・それもご存じとは・・確かに、辰韓国は隣国、弁韓国に度々攻められ、倭国に逃げてくるものが絶えません。我が館に辿り着けた者も、皆、疲れ切っております。中には、介抱の甲斐なく命を落とす者もある始末。悲しきことにございます。」
と、ウンファンは答える。
「韓の戦を諫める事は叶わぬが・・倭国へ逃れてきた者は手厚く保護できるよう図らうことにしようではないか。・・ヤマトの玄関口、アナト国のタマソ王にはすぐにも使いを出し、海を越えて来る、辰韓国の者を大事に迎える様、頼んでおこう。・・ところで、そなたの館はどこにあるのか?」
と摂津比古が尋ねる。
「大路のはずれにございます。イノクマ様から、譲り受けました。」とウンファン。
「ほう・・イノクマ殿からか・・それなら良かろう。だが、そのままでは、余りに忍びない。何とかしてやりたいものだが・・」と摂津比古はタケルを見た。
「ウンファン様の館は、しかとは見ておりませんが、逃げ延びて来られた方々が休むには十分とは思えません。また、大路のはずれにて、今後、天秤づくりが始まれば、工房に通うにも不便。できれば、宮近くに館があればと思いますが・・。」とタケル。
「そうか・・判った。すぐに手配しよう。民部(たみつかさ)を呼んで参れ。」と摂津比古が言うと、近くにいた侍従が、大路の館等を取り仕切る民司(たみつかさ)を呼びに行った。
すぐに、大慌ての様子で、巻物を一つ携えた役人らしき男が現れ、摂津比古の耳元で何か話している。巻物を広げ、何度かやり取りをした後、摂津比古が口を開いた。
「すぐに、新しき館をこの宮の西門に用意する。ひと月もあれば完成しよう。そこならば、港とも行き来しやすく、薬事所も近い故、便利であろう。」
「あの一つ、お願いがございます。」とウンファン。
「わが同胞がここへ辿り着いても、それと判らなければいけません。目印に、辰韓の大旗を立てても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わぬ。事情は承知した。此度の功労の報酬として、万事、困りごとがあれば、儂に申し出よ。・・いや・・タケル殿に何でも相談されるが良かろう。タケル殿は、アスカ皇の御子息、次なる皇になるべき御方ゆえ、万事、大丈夫だ。」
摂津比古は、つい、気を許してしまい、タケルの身の上を話してしまった。
「摂津比古様、それは・・」
と、タケルが止めたが、ウンファンは、余りに驚き、その場にひれ伏してしまった。
「ウンファン様、お止めください。私はまだ、学びの途中の身。次なる皇と言われても、まだまだそれだけの器量はありません。今は、摂津比古様の付き人の一人に過ぎません。どうか、お察しください。そして、このことは口外なさらないようお願いいたします。」
タケルは、そう言うと、ウンファンの手を取り、頭を上げさせた。
「恐れ多い事でございます。」とウンファンは恐縮している。
「此度、ウンファン様にお会いでき、難題の一つを解決する事が出来そうです。今後も、ぜひとも私を助けてください。」
タケルは再び、ウンファンの手を強く握った。
黒水晶.jpg
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