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2-11 諍い [アスカケ外伝 第1部]

天秤と錘作りは、順調に始まり、工房には辰韓から逃れてきた者達が、順次働くようになり、予定通り、難波津の大路に館を構える者には摂津比古から直々に配られはじめた。
そんなある日、大路で取引を巡って、諍いが起きた。
民部(たみつかさ)のハトリと名乗る者が、タケルのいる館へ走り込んできた。
「タケル殿!タケル殿は居られぬか!」
「何事です。ハトリ様。」とタケルは部屋から飛び出してハトリに対面した。
「大路の・・シンチュウなる者の館で、揉め事が起きております。先に定めた秤の事で、ヤマトの者と揉めておるとの事。是非、御同行願いたい。」
ハトリはそう言うと、タケルの手を掴むと館を飛び出していく。その騒ぎに、部屋にいたヤスキも一緒に向かった。
シンチュウの館の周りには、衛士が何人も取り巻き、騒ぎを聞きつけた周囲の館からも人が集まっていた。タケルたちが、人垣を掻き分けて中に入ると、シンチュウが憮然とした表情で、椅子に座っている。それに対面するように、一人の男が睨み付けている。
「どうしたのです?」とタケルが、男に訊いた。
「昨日、ここで布束と金と取引した。その時は、難波津の決め事を知らずにいたが、先ほど、吉備の館で、難波津では布1斤について金5玉を決めごとにしていると聞き、正しく取引してもらうために参ったのだ。だが、こやつは、難波津の決め事は倭人が勝手に決めた事、弁韓の者には関わりの無いものだと言い返したのだ!」
山背国のヨウジは、声を荒げて言った。
「我らは、弁韓の者。倭国の決め事など知らぬ事。不満ならば、他所へ行け!」
シンチュウは全く悪びれる事もなく、突き放すように言った。
タケルは、シンチュウとは以前に一度対面している。弁韓国の王の使いとしての自尊心の塊のような人物で、ヤマトを見下すような物言いをしていたのを思い出していた。
「ならば、昨日、渡した布束を返せ!」とヨウジは言う。
「それは、もう取引を終えたもののはず。取り戻したいのならば、それ相応の金をもって来ればよかろう。」とシンチュウが言う。
「昨日の金はこれだ!さあ、返せ!」
ヨウジは、懐から金の袋を取り出し、シンチュウの前に広げた。僅かな金の塊だった。
「いやいや・・・これほどの金では・・・あの布を取り戻したければ、この倍は持ってきてもらわねばならぬなあ。」
シンチュウは、小馬鹿にするように言う。
「そんな馬鹿な話があるか!」
ヨウジは食って掛かる。
「昨日は昨日。あの布は上等でした故、もっと多くの金と取引できますからな。これが商売というもの。そうやって、富は作るものなのですよ。ヤマトの方々はそういう事を考えておられぬ故、皆、倹しい暮らしをされておるのでしょうなあ。さあ、お帰り下さい。」
シンチュウはそう言うと、椅子から立ち上がり奥へ入って行った。
「ヨウジ様、ここは一旦私に預からせてください。」
タケルはそう言うと、憤懣やるかたない形相のヨウジを連れて、シンチュウの館を出た。
「ハトリ様、これは由々しき事態です。民部の皆さまで、この事態を各館と港へお伝えいただき、決め事を守らない館が他にないかお調べ願えませんか?ヤマト諸国から事情を知らぬまま来て、このような理不尽な目に遭われる方が無いようにしなくてはいけません。」
タケルが言うと、ハトリは頷き、先に宮に戻った。
「さて、ヨウジ様。私は、摂津比古様の付き人、タケルと申します。シンチュウ様は以前から知っておりますが、一筋縄ではいかぬ御方なのです。此度、決めごとを作った事で、シンチュウ様も、実のところ、以前のように行かなくなっておられるのです。必ず、布を取り戻しますので、今しばらくお時間を戴けませんか?」
ヨウジはまだ十分には納得できていない様子だったが、摂津比古の付き人と聞き、タケルを信用することにし、山背国の館へ戻って行った。
一部始終を見ていたヤスキが、タケルに近づいて、小さな声で言った。
「港でも、弁韓国の振舞には、皆、困っている。港は、荷役の人夫は、船が着く度に、皆で力を合わせて荷を運ぶ。運んだ荷物の一部を荷役頭が船主から受け取り、皆で分ける決まり。だから、大船が着くと、皆、総出で喜んで働く。積む時も同じだ。そうやって、滞りなく作業ができるようにしている。だが、弁韓の船だけは、我ら荷役の手を借りない。」
「借りないとなると、人夫はどうしている?」とタケルが訊く。
「船から人夫が大勢降りて来る。・・だが、それが・・・。」とヤスキは言ってから、
「その目で見ると良い。昨日、弁韓の船が着いたから荷を積み込んでいるはずだ。」と、タケルを港に連れて行った。
「あれがそうだ。ほら・・」とヤスキが指差す。
そこには、男たちが、蔵から運んだ荷物を船に積み込む様子があった。荷物を運ぶ男たちは、皆、薄汚れた服を着て痩せ細っている。よく見ると、首回りと足には枷が付いていてふらふらとしている者もいた。荷物を担いだ拍子に転んだ者がいて、周囲にいる、甲冑を身につけた兵士らしき男が鞭を打っている。
「あれは・・・奴隷なのか?」とタケル。
「おそらく・・。噂では、戦で捕らえた他国の民を奴隷として使っているらしい。」
タケルは、一緒に来ていた侍従に、薬事所にいるジウを呼びに行ってもらった。暫くすると、ジウがやってきた。
「ジウ様、あれを見てください。もしや、あれは辰韓の民ではありませんか?」
と、タケルが指差すと、ジウは、荷物を運ぶ男たちをじっと観察した。
「あの服の模様・・先日、館に着かれた人と同じ・・辰韓の者です・・どうして?」
ジウは、痛ましい光景に涙を溢した。
「やはり、そうですか・・・。」

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