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1-4 安濃津の港 [アスカケ外伝 第2部]

翌日には、ホムラが率いる水軍が、安濃津の港へ到着した。
軍船が数隻連なり、ゆっくりと港に入ってくる。
よく見ると、軍船の船体には、多数の矢が突き刺さり,血の跡もあちこちに付着していて、戦の凄まじさが窺えた。
軍船の中には多数のけが人がいるようだった。
桟橋に着いた軍船から、ホムラが降りて来た。足を怪我したのか、引き摺っている。それを見たミムラが駆け寄り支える。
チハヤは、軍船の中には多くのけが人が乗っているに違いないと考え、兵が降りて来るのを待たず、船に飛び込んでいった。タケルやシルベたちもチハヤに続いた。
軍船の甲板や船倉のあちこちに、怪我人が横たわっていた。辛うじて、何らかの手当はされているものの、どれも不十分で、皆苦しんでいた。
チハヤは背負っていた大きな袋を広げる。すぐ隣で、シルベも袋を広げ、中から薬草を取り出す。チハヤは、都を出る時、争乱となればけが人も多く出ているに違いないと考え、血止め薬などの薬草を集め、シルベと二人で背負える限りの量を持ってきていた。
「けがをしている方々を、どこか、横になれるところへ!」
チハヤが軍船の外に向かって叫ぶと、港にいた人々や怪我をしていない兵たちが手分けして、港にある小屋を開き、船から怪我人を運び出し、順番に横たえた。その数は、思った以上に多かった。
「たくさんの湯を沸かしてください!」
「あるかぎりの布を持ってきてください!」
チハヤの指示は的確だった。タケルやヤスキも、手伝う。
チハヤは横たわる怪我人を一人一人見て回り、傷口を湯で洗い、血止め薬を塗り、白い布で包む。その様子を見ていた港の人々も、手伝い始めた。
一通り、皆の様子を確認したホムラは、ミムラの館に入り、体を横たえた。暫くして、チハヤが館に来て治療した。
「兄者、大和から、タケル皇子様の一行においでいただきました。」
ミムラは、タケルたちと共に館に入り、横になっていたホムラにそう告げた。
「これは・タケル皇子、良くおいでくださいました。・・それにしても、立派になられましたね。あなたは覚えておられぬとは思いますが・・都にて一度お会いしております。・・・此度はかたじけない・・。」
ホムラは、大和争乱の後、伊勢に戻り、一族を纏め、国作りを励んでいたが、皇アスカの皇位継承の際、一度都に来ていて、幼いタケルに会っていた。
「随分と、凄まじい戦いだったようですね。」とタケルが言う。
「ええ、此度は、知多水軍と渥美水軍が長島まで迫っておりました。彼らは、伊勢の海を介して、行き来しあう同士であったのですが・・・・事もあろうに、東国の手先になろうとは・・・。」
ホムラは悔しさをにじませた。
「東国が、ヤマトを攻めようとしているのはまことですか?」とタケルが訊く。
「ええ、そう聞いております。」
「東国の軍の将は・・いや、本陣はどこなのでしょう?」
「いや、それは判りません。今は、この伊勢の海を守るのが必死。知多や渥美の水軍を蹴散らし、遠江へ向い、東国との戦に勝利する事しかありません。」
タケルはホムラの話を聞き、今、起きている戦にやはり何か違和感を覚えていた。都で話を聞いた時も、同様であった。
「大和からの援軍は、いつ到着しますか?」とホムラが訊く。
「残念ですが、都からの援軍は来ません。」とタケルが答える。
「なにゆえに?」
「東国との戦の事を、ミムラ様からお聞きし、都の大連や長達が集まり、話し合いました。すぐに送るべきだという者もおりましたが、大和から援軍を送れば、さらに大きな戦になってしまう。そうなれば、命を失うものが増え、民が厳しい暮らしをすることになる。それは、皇様も望まれておりません。」
「だが・・目の前まで敵は迫っているのです。伊勢から都まで攻め込まれればひとたまりもありません。何とか、ここで食い止めるため、我らは必死に戦っているのです。なぜ、判ってもらえぬのでしょう。」
援軍を頼みにしていたホムラにとって、都の答えは非情に聞こえた。
「私は此度、伊勢に遣わされたのは、この戦を収めるためなのです。」
「戦を収める?・・その様な事ができましょうか?」
ホムラは、もともと血の気の多い人物である。大和争乱の際にも、叔父との戦にも戸惑いなく突き進むほどであった。年月は経っているが本性は変わらない。タケルの言葉にホムラは呆れた顔をした。
「何か策はあるはずです。」
タケルの答えに、ホムラは大きく溜息をついた。
「済みません・・少し休ませてもらいたい・・。」
落胆した様子のホムラは、そう言うと、体を横たえ眠った。
タケルたちは、館を後にした。
一部始終を聞いていたヤスキは、館の外に出てタケルに言った。
「やはり、戦を収めるのは難しいのではないか?・・すでに痛手を受けている・・伊勢の者達には、報復したいという気持ちも強いに違いない。・・どうする?」
館の前には、多くの怪我人が粗末な小屋に横たわり、チハヤ達の治療を受けている。皆、必死に働いている。
「このような光景を繰り返すのが良い事か?皆、そんなことを望んではいない。・・今は、策はないが、一日も早く戦さを終わらせなければ・・。」

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