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1-6 伊勢の宮 [アスカケ外伝 第2部]

三日後、ホムラの軍船は、伊勢に向かい、一日のうちに、伊勢の宮へ到着した。
伊勢の宮は、港からわずかの海辺にあった。大きな館とその周囲に多くの家屋が並び、伊勢国の本拠地であることはすぐに判った。
「ホムラ様、私とヤスキは少し、伊勢の宮や周囲の郷を見てみたいのですが・・」
タケルが申し出ると、ホムラは、快く承諾し、案内役にとタスクという若者をつけてくれた。二人は、タスクの案内で、宮周辺の郷や、鳥羽の郷を回った。
チハヤはともに戻ってきた怪我人の事が気掛かりでならなかった。
「ホムラ様、何処か、広い場所はございませんか?怪我をされた皆さまが少しでも安らげるような場所を作って下さいませんか?」
チハヤは館に着くなり、ホムラに進言した。ホムラは快諾し、すぐに、館の大広間を使えるように手配した。怪我をした者達は、ここへ集められ、チハヤ達によって手当てが進められた。
数日が経った頃、ホムラが様子を見に現れた。
「何か、足りぬものはありませんか?」
ホムラは連日のチハヤの働きを侍女たちから聞き、たいそう感心していた。自らも戦で足を怪我していて、一日一度は怪我の状態を診てもらい、随分と楽になっていたのだった。
「今のところは・・ただ、薬草が少し不安です。都から持ってきたものはあとわずかです。できれば、明日にでも薬草摘みに出かけたいのですが・・どこか、良い場所はありませんか?」
チハヤがホムラに訊いた。
「薬草の事は判らぬが、この辺りは、ここ数年で拓いた土地ゆえ、薬草となるものは少なかろう。・・おそらく、奥の宮の杜には、古からの森がある。そこへ行けば、何か見つかるのではないだろうか?」
と、ホムラが答える。
「奥の宮の杜?」
チハヤが尋ねる。
「ああ、我ら伊勢一族の祖が住まわれていたところです。」
ホムラはそう言って、チハヤを外へ連れて行き、遥か西方の山を指さした。
「わが一族の言い伝えですから、真偽のほどは聞く者に任せますが・・・」
ホムラはそう前置きしてから話し始めた。
「わが一族は、もともと女人の長が一族を束ねておりました。私の曽祖母のさらにその曽祖母の時代・・遥か古の事ですが・・海を越えてここへ参った男が降りました。その者は熱田の杜から来たと申し、この地へ逗留しました。総祖母の曾祖母は、その男を見初め、夫婦の契りを交わしたそうです。その地が、あの奥の宮の杜なのです。その後、生まれた皇子は、大和へ向かい、今のヤマトの祖となったと言い伝えられております。いわば、かの地は、ヤマトの初めの地ともいえる場所なのです。」
ホムラはおそらく、父母や祖父母から、何度も何度も同じ話を聞かされてきたに違いなかった。そして、それを子どもながら、昔話として、現実のものとは違うのではとも感じていたのだろう。ただ、そこには、伊勢一族の長としての誇りを感じる事もできた。
「あの場所は、神聖な場所ゆえ、むやみに立ち入る事は出来ぬ。それゆえ、貴重な薬草もあるのではないか?」
ホムラは、そう話してくれた。
翌日、チハヤとシルベは薬草探しのため、奥の宮の杜へ行くことにした。案内役には、トキという娘が着いた。
三人は、館を出て西へ向かう。宮川の畔に着くと、トキが言った。
「ここより先は神聖なる場所です。この館にて、御着替えください。」
川のほとりにある小さな館に入ると、木箱の上に、白い衣が置かれていた。着替えて外に出ると、数人の女人が同じように白い衣に身を包み、一列に並んで待っていた。
「顔にはこれをお付けください。」
手渡されたのは、白い四角い布に細い紐がついていた。目だけを出した状態で、静かに宮川の渡し船に乗り込む。静かに川を渡り、奥の宮の大戸に着く。そこから、石段を上ると、開けた場所に出る。そこには、幾つもの館が並んでいる。その中の最も小さな館に案内された。中に入ると、白装束に身を固めた男が数人座っていた。皆、チハヤ達同様に、顔に白い布を当てている。
「ここは倭国の生まれし場所。神聖なる心をもって臨まれよ。」
居並ぶ男の中から、最も上位に座った男が立ち上がり、重々しい声でそう言った。男たちは、その声を聞き深々と頭を下げ、静かに、部屋を出て行った。
残されたチハヤ達の許へは、先ほどの女人が現れた。その中の、白髪の女性がか細い声で口を開く。
「先程のミコト様たちは、奥の宮を守っておられる、宮司様たちです。宮司様達は、神々の言葉を聞きながら、日々過ごされております。此度の東国の戦も、神々からの教えとお聞きしております。」
女人の言葉に、シルベは違和感を覚えた。神々が戦の事を告げるなど聞いた事もなかったからだった。
その女人は続けた。
「頭領様から、宮の杜を案内せよとお聞きしております。」
「お願いします。薬草を探しております。」
「判りました。では、お支度を整えましょう。こちらへ。」
再び、別の部屋に案内され、今度は青い野良着に着替えた。
「こちらでございます。」
女人たちは、チハヤ達を連れて静かに館を出て、館の裏手の山道を案内した。ところどころ、石段が設えてはあるが、余り人が立ち入る事はない様子で、木々や草が瑞々しく伸びている。チハヤは、ゆっくりと周囲の木々や草を観察し、薬草になるものを探しながら、森の中を歩き回った。案内役の女人たちは、静かにチハヤを見守っている。

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