SSブログ

1-8 伊勢の沖 [アスカケ外伝 第2部]

タケルとヤスキは鳥羽の郷まで足を延ばしていた。入江と小さな島々が浮かぶ湾には、小さな漁村が幾つもあった。ここらの漁師たちは戦のたびに兵として駆り出されていた。戦の様子を聞くには好都合だった。そして、皆、口々に「戦の敵が判らない」と言った。
賭場に入って数日が経った時、沖へ出ていた漁師たちが血相を変えて戻ってきた。
「沖に、渥美の軍船がいる。」
猟師が言うには、渥美水軍の旗を掲げた軍船が、沖の島近くにいるのが見えたというのだった。ただ、軍船は、潮に流されているようだとも言った。
この知らせは、すぐにホムラの館へ伝えられ、伊勢の軍船が出港した。タケルとヤスキも、鳥羽の漁師に頼み、船を出してもらった。
答志島と菅島の間を、海峡に入ると、波が高くなる。その先には神島が見える。目を凝らし、先を見ると、渥美の軍船の姿があった。東へ向えば渥美の郷なのだが、その船は西へ向かっているように見えた。
「伊勢を攻めるつもりなのか?」
波に揺られながら、軍船を見つめて、ヤスキが言う。
「いや・・あれは、潮に流されているだけだ。見ろ、帆が張られていない。攻め入るつもりなら、風を使って一気に北へ向かい、宮川に入り込むはずだ。」
船を出した漁師が答える。そして、
「あのまま流されれば、築見島の岩礁に乗り上げるぞ。」
しばらく様子を見ていると、西から伊勢の軍船が現れた。向かい風のため、思うようには進まない。
「渥美の船に近づけませんか?」
と、タケルが漁師に訊ねる。
「船縁まで行くことはできるが・・どうするつもりだ?」
「乗り込んで様子を見てきます。」
「だが・・兵がいるのだぞ?」
「大丈夫です。まずは、あの船が岩礁に乗り上げないようにしなければ・・。」
タケルが言うと、ヤスキも続ける。
「大丈夫だ。あのくらいの船は操ったことがある。動ける者がいるなら何とかなる。」
漁師は、渋々、小舟を進めて、軍船に近づいて行った。近づいてみると、人影が見えない。船体には、数多くの矢羽根が刺さり、血糊も見える。長島の戦で相まみえた船の一つに違いなかった。
小舟が軍船に貼り付くと、タケルとヤスキはするすると船体を上って甲板に出た。
「これは・・・。」
タケルもヤスキも言葉を失った。
甲板には多くの兵の遺体が転がっている。操舵室へ行くと、兵が一人、舵に持たれるようにして蹲っている。命はあるようだった。タケルとヤスキは、船内をくまなく回り、動ける者を探した。十人程が船倉で身を隠していた。皆、タケルたちよりも若い、まだ少年のような面立ちをしていて、一様に、恐怖で震えていた。
「しっかりしろ!ここままでは死んでしまうぞ!」
「さあ、手伝え!急げ!」
タケルもヤスキも少年たちに声を掛け励ます。一人また一人と立ち上がり、動き始めた。
「帆を張るぞ!」
少年たちが縄を引く。だが、重すぎて持ち上がりそうもない。ヤスキは舵をいっぱいに回し、何とか、潮の流れから抜け出そうとしているが、上手くいかない。岩礁が徐々に近づいてくる。
不意に、タケルの腰の剣が光り始めた。体が熱くなる。グルルル・・低い唸り声をあげ、見る見るうちにタケルの体が大きくなり、獣人へと変わっていく。
タケルは、帆を引く縄を掴むと、勢いよく弾く。十人程が掛かっても動かなかった帆がするすると上がって行く。そこに、強い南風が吹きつけた。帆は大きく膨らみ、船を引く。ヤスキは舵にしがみつく。岩礁の僅か手前で、船は大きく右に頭を振り、かろうじて避けることができた。安全だと判ると、タケルは急に力が抜け、その場に倒れてしまった。
一部始終を見ていた若者たちがタケルを取り巻く。タケルの姿は、獣人ではなく、ただの人に戻っている。
「死んだのか?」と誰かが言った。
「いや・・息はしているようだ。」とまた別の誰かが言う。
「いったい、誰なんだろう?」とまた誰かが言う。
そのうち、船は、築見島の北側の静かな入り江の前に来て、静かに止まった。ここらは潮の流れが弱かった。ヤスキは舵を縛り、カケルの許へ来た。
「大丈夫だ・・あのような力を使うとしばらくは目を覚まさない。・・それより、お前たちは、渥美の衆か?」
ヤスキの問いに、タケルを取り巻いていた若者が互いの顔を見て、小さく頷いた。
「長嶋の戦に出ていたのか?」
更にヤスキが訊くと、その中の一人、一番年上と思われる男が口を開いた。
「俺はイラコ。渥美の漁師だ。男手が少なく、年端も行かぬ者も駆り出された。俺たちは、漕ぎ手だったから、助かったが・・兵たちは皆、命を落としたようだ。」
「将はいずこか?」
「将など居らぬ。この船には、渥美の衆が乗せられ、とにかく、長島へ向えと命令されただけだ。戦などした事もないものばかりだった。・・」
「なぜ、戦をしている?」
「悪しき国ヤマトが、我らの国を侵そうとしているからに他ならない。皆、我が郷を、父や母を守るため、戦に出た。」
「何とした事か・・。」
イラコの話に、ヤスキは落胆した。どこでどう間違えばこのような話になるのか。伊勢の者達は、東国がヤマトを侵そうとしていると信じている。渥美の衆は、ヤマトが郷を侵そうと考えている。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント