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1-9 渥美の若者 [アスカケ外伝 第2部]

しばらくすると、タケルが目を覚ました。力を使い過ぎたのか、目が覚めてもしばらくは動けなかった。そうしているうちに、伊勢から出たホムラの軍船が近づいてきた。
渥美の若者たちは、近づく船を見て、船倉に隠れようとした。
「大丈夫だ・・何もしない。この戦は、ヤマトが仕掛けたものでも、東国が仕掛けたものでもない。」
ヤスキはそう言って若者たちを甲板に留めた。
軍船は、横付けすると、板を渡し、ホムラを先頭に、次々に男達が乗り込んできた。その中に、チハヤとシルベの姿もあった。チハヤは横になっているタケルを見つけ、すぐにやってきて、気付け薬を飲ませた。
「船内にはまだ息のある者がいるかもしれません。」
タケルがそう言うと、シルベは、男たちと手分けして、息のある者を探した。
多くは既にこと切れていたが、半数ほどは、辛うじて息があった。チハヤは、すぐに怪我の具合を診て、怪我の個所には布を巻き、血止めの薬草を調合し飲ませて回った。
「ホムラ様、一度、この者達を伊勢の宮へお連れ下さい。」
タケルはホムラに頼み、渥美の軍船を引いて、伊勢の港へ戻った。怪我人はすぐに館の大広間に運ばれ、養生させた。
先ほどの十人程の若者は、ホムラの館の大広間に連れて行かれ、まずは、食事を摂らせた。初めは、拒絶していたが空腹には勝てず、奪い合うように口に入れた。そして、落ち着いた頃合いを見て、ホムラやタケル、ヤスキたちが話を聞いた。
「そうか・・其方たちは、ヤマト国を悪しき国と思っておるのか・・。」
ホムラは若者たちに向かって、溜息をつくように言った。
「きっと、誰かにそう教えられたのでしょう。」
タケルが言う。
「良く聞け。ヤマトは他国を侵すような国ではない。我ら、伊勢とて同様。民の安寧こそ第一と日々腐心しておる。誰に吹き込まれたか知らぬが、大きな見当違いじゃ。」
ホムラがそう言うと、イラコが返す。
「いや・・ヤマトには、怪しき妖術を操る皇と、獣のような摂政がいて、幼き子どもたちを集め、太らせ、食っておると聞いた。そして、臣下にならなければ、奴隷として、鎖でつなぎ働かせるのだと・・その様な国なのだ・・。」
イラコは、真剣な面持ちで言う。
「そうか・・そう教えられたか・・・ならば言おう。こちらに居られるのは、ヤマトの皇子タケル様だ。其方たちを救ったのは、この御方であったろう。」
そう聞いて皆驚いた。そして、気づいた。
「あの獣人・・やはり、ヤマトは獣が人を・・。」
イラコがそう言ったのを聞いて、ヤスキが強い口調で言った。
「そう・・獣人は紛れもなく、皇子タケル様。だが、其方たちを救ったのも確かだ。あのままでは岩礁に乗り上げ、沈没していたはず。タケル様は、人とは違う特別な力を持っておられるに過ぎぬ。大事なものを守る時、命を削るようにして、化身されるのだ。お前たち、あの後の様子も見ていただろう。動けぬほどになられた・・・。みな、其方たちを大事と思うが故の事。」
イラコたちは、まだ、どう受け止めてよいか悩んでいるようだった。その様子を察して、タケルが口を開く。
「申しわけありません。あのような姿・・やはり不気味でしょうね。・・しかし、これは私に課せられた宿命。父カケルと母アスカの特別な力を譲り受けただけのこと。そして、それは悪しきことには使うことができません。ヤスキ殿が申す通り、大事なものを守るためにだけ使えるのです。」
穏やかな口調のタケルの言葉を聞き、若者の数人が泣き始めた。気が緩んだのか。故郷が恋しくなったのか、一人が泣き始めると、皆、つられて涙を溢した。
「しかし、ヤマトが東国を侵すとは・・一体誰がそのような事を・・。」
ホムラは憤慨するように言った。
「戦が始まったのはいつ頃ですか?」とタケルが訊く。
「定かではないが・・・二年ほど前の冬頃だったと思うが‥。」とホムラ。
「その頃、渥美では何かありませんでしたか?」とタケルが若者たちに訊く。問われた若者たちは互いに顔を見て、少し考えていた。
「その年は、秋に大きな台風が来て・・」
「そうだ・・船が幾つも流された・・」
思い出すように口にした。
「食べ物が少なくて、確か、穂の国へ頼ったはず・・。」
「だが・・穂の国も大変だったと聞いたが・・」
どうやら、戦の発端はそこらあたりにあるようだった。
「そうだった。美濃や中島、熱田あたりも、水害に苦しんだ。融通する米も不足し、皆、苦しんでいた。・・確かに、戦はあの後から始まった。」
ホムラが思い出すように言った。
「しかし・・その様なときに戦を始めるというのも少し不思議ですね。」
カケルが言う。
「やはり、東国の差し金か?」とヤスキ。
「渥美へ行ってみましょう。この戦の引き金になった事をもっと知らねばなりません。」
タケルが言うと、ホムラは驚いた顔をした。
「戦の最中ですぞ・・。渥美の衆が我らを受け入れてくれる事などはあり得ない。命を奪われても仕方のない事。別の方法を考えましょう。」
「いえ、彼らと共に参ればきっと解ってもらえます。」
タケルはそう言うと、イラコたちの顔を見た。イラコはタケルの顔をじっと見つめた。
「一つ、お願いがあります。もし、戻るのなら、米を分けてもらえませんか?そうすれば、きっと、受け入れてもらえるはずです。」

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