SSブログ

1-10 渥美の郷へ [アスカケ外伝 第2部]

渥美の軍船に乗っていた者達が養生している間に、安濃津から大量の米を摘んだ船でミムラが伊勢の宮にやってきた。それを、渥美の軍船にも分けて積んだ。そして、タケルとヤスキ、チハヤとシルベ、そして、ミムラが、怪我の治った兵やあの若者たちを乗せて、渥美へ向かった。安濃津からの船も後に続いた。
答志島、築見島、神島を経て、渥美の先端の岬に着く。僅か一日の距離だった。そこから、三河湾内に入り、渥美一族の本拠地の一つ、福江の港に入る。軍船が二隻、寄り添うように港に入る。一つは、渥美の軍船。だが、もう一隻は伊勢国の旗印を掲げている。軍船を見つけた渥美の男達は、戦支度をして、港に集まってきた。
伊勢の軍船は、少し沖合で停泊した。渥美の軍船がゆっくりと桟橋に近づいてくる。
船縁から、イラコが叫ぶ。
「米を・・米を運んできた!・・頭領に知らせてくれ!」
弓を構えていた男たちが、船縁に立つイラコの姿を見てどよめいた。
「無事だったか!」
港に並んでいた兵たちが、徐々に、桟橋に集まってくる。イラコは男達に、米を運び出すように告げ、兵たちは武器を投げ捨て、船倉に入っていき、大きな米袋を幾つも肩に担いで降りて来る。その様子を見て、港近くの女たちも集まり始め、倉庫に運び込むのを手伝った。しばらくすると、福江の港から、館から福江の郷の長が港に姿を見せた。
「イラコ!・・イラコではないか!・・・よくぞ無事に戻った!」
福江の郷の長はかなりの高齢のようだった。両腕に杖を持ち、ゆっくりと桟橋近くまで歩いてくると、伴の者がすぐに椅子を置き、何とか座った。
「ただいま戻りました。」
「良く戻った。皆、心配しておったぞ。」
「実は、・・・・伊勢国からたくさんの米を貰い受けて参りました。」
それを聞き、長が周囲を見ると、すでに大量の米が、港近くの倉庫に運ばれていた。
「なんと言うことじゃ。・・伊勢から米を?・・どういう事じゃ。敵国から米などとは・・伊勢は、我ら弱みに付け込み、悪しきヤマトの属国になれとでも申したか!」
かなりの高齢乍ら、活舌はしっかりしている。そして、気骨ある物言いでもあった。
「長様・・そうではありません。我らは思い違いをしていたのです。ヤマトは他国を侵す事など考えては居りません。」
イラコは長を説得するように言った。
「馬鹿な!何を証拠に、そのような戯言を!伊勢で何を吹き込まれた!」
長は聞く耳を持たない。
その様子を、人陰に隠れてみていたミムラが、長の前に進み出た。
「伊勢国、安濃津のミムラと申します。」
長は、また、驚きを隠せない様子だった。そして、取り巻いていた男たちが、剣を抜き、ミムラに向けて構える。
「止めてください!」
イラコが、男たちの間に割って入り、必死に止めようとする。
「私は、戦をしに来たわけでも、あなた方を取り込もうとも思っては居りません。話を聞いて貰いたい。そう思い、ここへ来たのです。」
ミムラは落ち着いて答える。長はミムラの様子を見定めると、取り巻く男達を止めた。
「話とは?」
ミムラは、長の前に傅いてから、ゆっくり話した。
「我ら伊勢の者は、東国がヤマトを侵しに戦を仕掛けていると考えておりました。」
「東国が?」
「はい。我ら伊勢の国はヤマト国の安寧と繁栄のため日々精進しております。此度、東国が戦を仕掛け、我らが破れれば、都は危うい。それゆえ、必死に戦ってまいりました。」
「それは異な事を。其方ら、ヤマトが、我らの郷を侵すと知った故、知多一族と我ら渥美一族は、ともに戦って居る。戦を先に仕掛けたのは、其方らの方であろう。」
長は憮然とした表情で言った。
「先に仕掛けた?・・いつの事でございましょう。我らは、熱田の衆が大高の衆に戦を仕掛けられたため、援軍として参ったのが始め。その後は、津島や沖ノ島辺りでの戦に赴いたはずです。」
「いや・・知多、師崎で、確かに、大きな軍船が我らに戦いを挑んできた。あれは、ヤマトの者に違いない。儂はこの目で見たのだ。」
おそらく、どちらの話も真実だろうと思われ、話は平行線だった。
「ヤマトは、軍船は持っておりません。」
そう言って、二人の会話にタケルが割って入った。
「この者は?」と長が訊く。
ミムラは、タケルを見て、どうするという表情を見せる。
「私は、タケルと申します。ヤマトの都より参りました。」
タケルはそう言うと、長の前に傅いた。
「・・・ほれ見ろ!やはり、ヤマトの者が紛れ来んでおるではないか!これが、動かぬ証拠。伊勢は米と引き換えに、我らに降伏せよと迫っているのであろうが!」
長の怒りは頂点に達したようだった。
「お前たち、この者を捕らえよ!」
長が号令すると、男たちが一気にタケルとミムラに飛び掛かる。その時、タケルの腰の剣が光り始めた。閃光のような強い光に、飛び掛かろうとする男たちが怯んだ。
「お主は何者じゃ!・・おかしな妖術を使い・・そうか・・ヤマトの王か!」
長が叫ぶ。
タケルは、光を放つ剣を抜かず、柄に手を置いたままじっと立っている。
「この御方は、ヤマトの皇アスカ様の御子、タケル皇子です。」
ミムラが叫ぶと、皆、その場に座り込んでしまった。剣の光に諫められたように、いきり立つ心がすっかり消えてしまって、ただ、茫然としている。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント